最果ての詩

椿 琇(ツバキ シュウ)

旋律の章

いつもの朝.1

 朝焼けと同じ頃に鳥達が鳴き始めるので寝坊することはなかった。

寝間着代わりの薄い麻布を体からほどいて、同じような布に若干の刺繍を施した仕事着に着替える。


この村の朝は早い。


 偶に来る商人や軍人などの旅人、街から来た者たちは口を揃えてそう言うが、生まれてから一度も此処を出たことのないラズには、この暮らしがどうなのかなどと考えることはなかった。


 家の傍の井戸では、向かいの家の娘が水を汲んでいた。


おはよう、今日も暑くなりそうね。

 もう何百回も交わした定型の挨拶を愛想良くこなして、ラズも空のバケツに水を汲み始めた。


 雨季と乾季で成り立っている季節に順応して、先祖たちは良い場所を見つけてくれていた為、未だかつてこの村で井戸が枯れたことはない。


 砂漠のようで、砂に飲まれそうなわけでもなく、しかし森や林と呼べるような鮮やかな緑の群れも、街に仕事に出る男たちの口から聞いたことしかない。


 一体ここはどんな場所なのだろうか。時々そんなことを思わないでもなかったが、妹や弟の世話もしなければいけないし、浮かんだ疑問に思考を巡らす時間も、その為に必要な知識も、ラズは残念ながら持ち合わせていなかった。


 それは別に彼女に限ったことではなく、先程井戸で鉢合わせた向かいの家の娘も同じだし、ラズの母も、祖母も、そして妹たちも、市場のおばさんも、女たちはみんなそうだ。

 

 仕事で街に行く必要があるわけでもないのに、字が読める必要もないと、村の学び舎は女子には開放されていなかったし、

そんなことをしてる時間があるなら、飯をつくり、外に仕事へ行く男衆の為に服を仕立てる。それが美徳とされる小さな村であった。

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