第87話 バイト先の彼女へのデートの報告②
内緒と言われてそれ以上追及するのは野暮というものだろう。柊さんが大事と言う理由は気になったが、頭の片隅に追いやった。
こほん、と分かりやすく咳払いをして、柊さんは真っすぐにこちらを向く。
「それで、デートは上手くいきましたか?」
「はい、多分。彼女はかなり喜んでいましたし。それにいつもよりテンションが高かったので、楽しんでくれたとは思います」
デート中の斎藤の様子を思い出しながらそう報告すると、柊さんがピクッっと反応した。
「……そんなに普段よりテンション違いましたか?」
「はい。俺の気のせいかもしれないですけど、にこにこって程ではないですが素の表情が柔らかかったですし、何より普段より饒舌でしたから」
「な、なるほど……そんなだったんですね」
俺から目を逸らし、縮こまるようにして少しだけ顔を伏せながらそう呟く柊さん。
「はい、その楽しくて仕方なくて沢山話している感じはとても可愛かったです」
「か、可愛い……!?」
俺の言葉に、柊さんは縮こまったまま驚いたような上擦った声を上げてこちらを向いた。上目遣いにこちら見てくる彼女の頬は僅かに赤い。
それにしてもそんないびっくりするようなことだろうか? 普段とのギャップを考えれば可愛いと思わない方がおかしいと思う。
「そうですよ。あんな彼女はなかなか見られるものではないですし、ちょっと子供っぽい感じで可愛かったです」
普段の斎藤はかなり大人びた雰囲気なので、あまりはしゃぐようなことがない。そんな彼女が饒舌になって話す姿はちょっと幼くあどけない感じがして可愛らしかった。
そんな彼女のギャップの魅力に、柊さんも共感してもらえると思ったのだが、柊さんはちょっとむっと頬を膨らまして不満げだった。
「どうしました?」
「いいですか。その彼女さんが楽しそうにしていたのは、新しいところに出かけたからです。田中さんだって新しいところに出かけたらテンションが上がるでしょう?」
「はい、そうですね」
「でしょう?誰だってはしゃいじゃうものなんです。だから、その彼女さんがはしゃいじゃったのは仕方のないことなんです。別に子供っぽくありません」
「は、はぁ……?」
柊さんの気迫に思わず圧倒されて頷いてしまう。どうやら、子供っぽい、という表現が気に入らなかったらしい。別に子供っぽいというのはほめ言葉だったんだが。
呆気にとられながら机に視線を落とすと、赤いイチゴが乗った美味しそうなケーキが目に入った。
そういえば柊さんからもらったんだった、と思い出しながらケーキをフォークで一切れ掬う。そのまましっとりとした柔らかさを感じながら、口に運び頬ばった。
「ん!美味しいです、このショートケーキ」
「そうですか。気に入ってもらえたならよかったです」
かなりおいしかったのでもう一口、とショートケーキに手を伸ばす。ちらっと柊さんの様子が気になり視線を送ると、彼女はじっとショートケーキを見つめていた。
「あの……食べますか?」
「いえ、それは田中さんにあげたものですから、大丈夫です」
「そうですか?」
遠慮しているのだろうか? とりあえずまた頬張って食べると、正面で柊さんが物欲しそうに羨望の視線をこっちに向けてきた。
「あの、やっぱり、食べますか?」
「……では、一口だけ」
一瞬だけ迷うように視線をさまよわせたが、ほんのり頬を赤らめながら小さくつぶやく。
やはり食べたかったらしい。甘いものが好きとは、意外と女の子らしいところがあるんだな、と思いながら、お皿ごと柊さんの前に移動させる。
柊さんはおずおずとフォークを取り、一口掬い取ると、はっと何か気付いたようにつぶやいた。
「あ、そういえば、あーんはしないんですね」
「しませんよ。あんなの恥ずかしくてそうそうできません。あれは彼女だけです」
「ふふふ、そうですか。いい心がけだと思いますよ」
柊さんは満足そうにそう呟くと、ケーキを頬張って「ん、美味しい!」と微笑んだ。
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