第72話 バイト先の彼女とデートプラン②

 少しの間そっぽを向いて黙っていたが、コホンッと咳払いして、まだ頰をほんのりと色付かせながらもこちらに向き直した。


「失礼しました……とにかく、最初に映画で手を繋ぐというのは良いと思いますよ」


「そうですか」


「はい、その……好きな人に手を繋がられて嫌な人はいないですし」


 さっきの恥ずかしい発言がまだ尾を引いているのか、少しだけ言いにくそうに目を伏せる。


「分かりました。とりあえず最初は映画で行きたいと思います。それでその後なんですけど」


「はい、次はどこに行くんですか?」


「映画が終わったくらいでちょうどお昼なので、お昼ご飯にどこかカフェにでも行こうかなっては考えてます。映画を見た後なので話題には困らないと思いますし」


「いいと思いますよ。……もしかしてそこでも何か仕掛けたり?」


「えっと……はい」


 手を繋ぐことは前にも話したことがあるので、それほど抵抗感がなかった。だが、それ以外のいちゃつきみたいなのを話すとなると、やはり少しだけ羞恥が込み上げてくる。


「ちなみに何をするんですか?」


「食べさせ合いです」


「……えっと、それってつまりあーん、ですよね?」


 一瞬だけ視線を横にずらし左右に揺らしたかと思うと、頰を薄く朱に染め恥ずかしそうにまたこちらを見つめてくる。


「はい、少し恥ずかしいですけど、これで彼女を照れさせられるならやってみようかなと」


「ま、まあ、いいと思いますよ」


「そうですか。なら、このままいきたいと思います」


 女子として何か思うところがあるらしく、少しだけ緊張したように声を上擦らせていたが、とりあえず問題はないらしい。自分の計画が受け入れられてほっと胸を撫で下ろす。


「ご飯食べた後はどうするんですか?」


「彼女が猫が好きなので、猫カフェに行きたいと思ってます。猫カフェは純粋に楽しんでもらいたいので、流石にそこでは特に何か仕掛けるつもりはないです。一応猫カフェに行ったらそれで終わりの予定ですね」


「なるほど。そのデートプランならいいと思います。楽しそうですし。それにしても……意外と田中さん、女性とのデート慣れているんですか?」


 言いにくそうに一瞬だけ目を伏せたが、こちらを窺うように上目遣いに見つめてきた。


「まさか!初めてですよ。なんで、そう思ったんですか?」


「ちゃんとしたデートプランを立てていますし、意外とその……彼女さんに積極的なので」


「ああ、なるほど。デートプランについてはネットでひたすら探して参考になりそうなのを生かしているだけです」


 デートなんて一度もしたことがない。ネットがなければまともなデートプランを立てられなかった。おそらく、本屋にでも行ってそのまま終わったに違いない。まあ、疑われるほどには上手なデートプランを立てられたということだろう。


「あと、まあ、積極的に動いているのはやっぱりデートが特別だからですかね」


「特別、ですか?」


 不思議そうにきょとんと目を丸くして、首を傾げる。


「はい、普段一緒にいる時は、異性として意識したり、させるようなことはほとんどないですから。彼女は信頼して側にいてくれているので、普段から下心みたいなのを持つのはやっぱり彼女に対して失礼だと思いますし」


「……なるほど」


 納得したように柊さんはこくりと頷く。やはり斎藤と2人きりで部屋にいて、一片の下心も持たない方が難しい。だが、それを見せるのはやはり斎藤の信頼を裏切ることになるので、普段は気にしないように本にだけ集中して過ごしていた。


「ただ、やっぱり好きな人にはたまには異性として意識させたいじゃないですか。ドキドキして欲しいですし、照れてるところなんかも見たくなりますし」


「わ、分かります!たまには好きな人には異性として意識してくれているっていう実感が欲しくなりますよね」


「あ、はい、そ、そうですね」


 急に柊さんが声を少しだけ大きくして食いついてくるので一瞬びびってしまった。柊さんにも好意を抱いている男性はいるみたいなので、共感出来たのだろう。


「まあ、そういうわけでせっかくのデートなんで、こんな時くらいは異性として意識してもらおうかと。もちろん、これで相手がただの友人としか思っていないようならやらないですけど、向こうも多少は意識してくれているみたいなので」


「そういうことでしたか。納得しました。でも、気をつけてくださいね?」


 ふふん、なぜか少しだけ自信ありげ微笑む柊さん。柊さんの注意の意味が分からず、つい聞き返す。


「気をつける?」


「はい、彼女さんの方も同じように思っているかもしれませんから。もしかしたら次のデートは積極的にくるかもしれませんよ?」


「……なるほど。肝に銘じておきます」


 斎藤がそこまで積極的にくることは想像できないが、言われてみれば確かにその可能性はある。なぜかクスッとどこかからかうような柊さんの小悪魔な微笑みが脳裏に焼き付いて離れなかった。

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