第16話 学校一の美少女は色っぽい
「今日はまだ来ていないのか……」
図書館に入るといつもなら俺より先に来て座っているはずの斎藤の姿はなく、ガランと人気の無い寂しい雰囲気が漂っていた。
彼女が先にいないので持ってきた本を読んで待つことにした。
「お待たせしました。これ、今日の本です」
しばらく待っていると声をかけられ顔を上げる。
「ああ、ありがとう……?」
彼女の姿に違和感を感じる。
どこが違うと言われると言葉に困るが確かに雰囲気が違う。
いつものトゲトゲしさが減っているようなそんな雰囲気。
「……なんですか?」
彼女の声はいつものようにツンと冷たい感じだが、どこか弱々しい。
明らかに彼女がおかしいことだけは一瞬で分かった。
「なんか、今日のお前おかしくね?」
「……別に普通です」
いつも通りの対応をしようとしているのは伝わってくるが、強がっているのは丸わかりだ。
もう少し詳しく聞くか迷ったが、声を固くして俺を遠ざけようとしてくるので、彼女としてはあまり聞かれたくないのかもしれない。
言いたくないなら仕方がないか、と思い、聞くのを諦めようとする。
だが最後にやっぱり彼女の様子が気になり、改めてもう一度彼女見て、彼女の様子が変化した理由を察した。
「なあ、お前、体調悪いだろ」
「え?なんで……」
俺の言葉を聞いて、驚きに表情を染める斎藤。どうやら当たりだったらしい。
潤んだ瞳。いつもより薄く紅潮した頰。熱っぽい弱々しい声。これだけ揃えば予想するのは容易かった。
「お前の様子を見れば分かるって。体調悪いなら休んでろよ」
「でも、本を渡すのを約束していたので……」
俺との義理を果たそうとやってきてくれたのだろう。その真面目さは彼女の美徳だが少しは自分自身のことも考えて欲しい。
体調を気遣うと、しゅんと少し落ち込んだように俯いてしまう。
瞳が潤んでいる原因が熱のせいとは言え、そんな濡れた瞳で上目遣いに見られれば罪悪感が襲ってくる。
いつもならもっと刺すような言葉を吐いてくるはずなのに、弱っているせいか全く張り合いがない。
いつもと違う彼女に慌てて取り繕った。
「あ、いや、本はありがとな。でも、まあ、なんだ……無理はしなくていいから」
「……分かりました。じゃあ今日はこれで失礼します」
「大丈夫か?手を貸そうか?」
「別に平気です。いりません」
ふらふらと少し足元がおぼつかないので声をかけるが、相変わらずツンとした声で断られてしまった。
彼女がそう言うが心配なので図書館を出て行くまで見守っていると、「きゃっ」と声を上げて転んだ。
「まったく、ほら、保健室まで肩を貸すよ」
「……すみません」
「別に気にすんな。病人を放っておくのが嫌なだけだから。……あと今度からは素直に頼ってくれ。恩を着せて変な要求とかするつもりなんてないから」
相変わらず頼るのが下手な奴だ。少しくらいはこっちを当てにしてもらってもいいのに。
本の貸し借りで面倒をかけているのだ。これくらいのことはさせて欲しい。
手を引っ張って立ち上がらせ、肩を彼女の高さにまで合わせて構える。
だが、彼女は立ち尽くして俺の肩を借りようとしてこない。
「どうした?」
「私と一緒に移動したら目立ちますよ?」
どうやら俺が彼女と一緒にいるのを誰にも見られないよう、人目を避けていたことに気付いていたらしい。
彼女はなかなか鋭いので当然と言えば当然か。
「別にすぐそこだし、放っておくほうが俺の良心が痛むんでな。ほら、早くしろ」
実際はそこまで近くないし、見つかったら噂になるのは間違いない。
それは面倒で避けたいが、さすがにお世話になっている人を捨て置けるほど人として腐ってはいない。
俺なら影が薄いので相手が俺だとバレないだろうと自分に言い聞かせる。
これ以上押し問答をするのは嫌だったので急かすと、彼女はおずおずと肩に手をかけて体を預けてきた。
見た目通り彼女の体は細くてどこが頼りない。
ヨタヨタとおぼつかないせいで、ときどき首に回された腕にぎゅっと力が入る。
女の子というものはなぜこうも柔らかいのだろうか。これだけ細ければ骨骨しくて固そうなのに、一切そんなことはない。
それにほんのりと甘い匂いもしてくる。これだけ密着された状態で女の子らしい甘い匂いを嗅がされては、たとえ興味がない異性であっても動揺してしまう。
なんとか動揺が顔に出ないよう耐えながら、俺は保健室へ彼女を運んだ。
幸い誰にもすれ違うことはなく、1番の懸念事項だったことは解消されほっと息を吐く。
状況を保健の先生に話し、彼女をベッドに横にならせた。
「じゃあ、これで。お大事に」
熱はありそうだが、この時期ならインフルエンザということはないだろう。
普段の疲れが出たのだろうか?普通の風邪なら、3日もあれば治るだろうし、ゆっくりと休んで欲しいものだ。
「あの……」
「なんだ?」
用事も終えたし帰ろうとすると、シャツの裾をくいっと引っ張られ声をかけられた。
口元を隠すようにして布団から鼻より上を出した彼女と目が合う。
熱っぽくとろんとした瞳をほんのりと揺らしているので首を傾げると、少し困ったように視線を彷徨わせた。
何か言いたげなのは伝わってきたので、そのままじっと待つと、意を決したのか俺を真っ直ぐ見つめ返してきた。
「……今日はありがとうございました。本当に助かりました」
「はいよ、じゃあゆっくり休んでくれ」
彼女のことだから真面目に捉えて気にしそうだったので、適当に流して保健室を出る。
熱のせいとはいえ頰を紅潮させながら美少女に見つめられるのは、少し心臓に悪かった。
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