第5話 学校一の美少女に声をかけられた

 学校の授業が終わった放課後、下駄箱で靴を取って出ようとすると、出入り口で斎藤が立っているのが目に入った。

 パッと彼女の二重の瞳と目が合う。いや、あった気がした。


 彼女と関わったのは昨日の一度きりだし、話しかけてくる用事などないはず。

 昨日渡した人が俺だなんて覚えていないだろう。もはやこんな影の薄い男のことなんてさっぱり忘れているに違いない。


 彼女の待っている相手が俺なんてあるはずがないと決めつけ、横を通り過ぎようとしたその時だった。


「少しいいですか?」


 凛としたはっきりと耳に残る声。

 決して柔らかい口調ではないが、昨日の時よりは幾分か冷たさの抜けた声が耳に届く。


「え、俺?」


 一体なんの用事だろうか。おそらく昨日のことについてだろうが、見当もつかない。

 ……もしかしたら生徒手帳はきちんと返したはずだが、中身が破けていたりして文句でも言いにきたのだろうか?


「言っておくが俺はお前の生徒手帳を破ったりしていないからな。傷がついていたんだとしたらそれは落としたときについた傷だ。俺はつけてない」


 文句を言われないようあらかじめ先回りして牽制する。だが的外れだったらしい。斎藤はきょとんして首を傾げた。


「はい?生徒手帳はちゃんと綺麗なままでしたよ?」


「え、そう?じゃあなんの用事?」


 まさか俺の思い違いだったなんて恥ずかしい。

 彼女が生徒手帳以外で用事があるなんて考えられない。

 文句でもないとすれば一体何のために話しかけてきたのだろうか。


「えっと……これ、あげます」


 斎藤はどこか緊張した面持ちで背中に隠していた小さな袋を出して差し出してきた。

 つい条件反射で差し出された袋を受け取ってしまう。

 それほど重くはない。むしろ軽いくらいだ。


「なにこれ?」


「昨日は落とし物を届けてくれてありがとうございました。それはそのお礼です」


 そういうことか!

 斎藤がわざわざ話しかけてきた理由を理解して納得する。

 わざわざ改めて礼をしてくるなんていい人だ。

 最初の塩対応の冷たい印象から少しだけ彼女の評価を改めた。


「なるほど、ありがとう」


「……いえ」


 もう用事が終わっただろうに、まだ俺と向かい合って彼女は立ち去ろうとしない。彼女はまだ緊張した面持ちのままじっと俺の手に持つ袋を見つめていた。


「開けていいか?」


 何か気になることでもあるのだろうか?

 彼女の行動を不思議に思いつつも、せっかく貰ったものだし開けていいか尋ねる。


「え?はい……」


 なぜか彼女はきゅっと口元を強く結び、緊張した表情をさらに険しくする。

 何かを覚悟するようなそんな面持ちだ。


 彼女の表情の変化を横目で見ながら、ガサガサと音を立てて袋を開けた。

 中に入っていたのはクッキーだった。つぶつぶチョコチップが付いたクッキーでとても美味しそうだ。


 あまりに美味しそうだったので一つ取り出して食べてみる。


「ん!?」


 ただのチョコチップクッキーかと思ったが違ったらしい。ほんのりと柑橘系のソースが間に入っていてとてもさっぱりしていた。

 外はサクサク、中はふわふわでもう一枚食べたくなってくる。

 甘さも控えめで、男の俺でも美味しく食べられた。

 あまりの美味しさについ感想が口から漏れでた。


「これ、めっちゃうまいな」


「!?そ、そうですか。お口にあったならよかったです」


 どうやら俺の反応が気になっていたらしい。

 美味しいと褒めると、彼女は緊張した表情を無表情に戻し、ほんのりとだけ口元を緩めた。


 普段無表情の彼女が浮かべたほんの少しの微笑みをつい凝視してしまう。


(周りの男が可愛いっていうのわかる気がするな)


 斎藤は確かに美少女だと思っているが、別にそれ以上の感想は浮かばなかった。綺麗で可愛い、それは間違いないが、それだけだった。


 作り物の美を見ている、といったらいいのか、芸術品に近いイメージを彼女に抱いていた。


 これだけ無愛想で冷たく塩対応な彼女を可愛いと思うことが今まで理解できなかったが、こうやって無表情以外の喜んではにかんでいる姿は、なんというか人間味があって、可愛いと皆が言う理由に納得がいった。


「なんですか?」


 一瞬だけ浮かんだわずかな微笑みは一瞬で消えてしまい、なんだか勿体ない気がした。


「いや、なんでもない。これはありがたく貰ってくよ。じゃあな」


「はい、さようなら」


 一瞬浮かんだ気持ちを誤魔化すように、俺は彼女とさっさと別れた。


 それにしてもまた学校一の美少女と話すことになるとは。予想外の出来事に驚いたが、今度こそもう関わることもないだろう。

 彼女の微笑みを見れて役得だった、そう思いながら俺は帰宅した。

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