7-2

 数日後の深夜零時過ぎ。

 岡山市北区内のワンルームマンションの一室にて。何時ものライダースファッション姿の忍が、盛大に右手の黒い数珠を振り回す。


「ノウマクサンマンダ、バザラダンカン」


 密教で使われる不動明王の御真言だ。


「せいっ、悪霊退散っ!」

「ひっぇぇぇぇぇぇぇ!」


 恐怖に脅えた悪霊は、腰を抜かし床を這いつくばりながら、情けない声を漏らした。


「アンタの居場所はここじゃない。ほら、家主のカノジョだってこんなに迷惑してんだから」


 忍の左腕には、若いOL風の女性が震えながらしがみついている。


「この子に二度と付き纏うんじゃないよ、この時代遅れの昭和のヤンキーがっ!」

「ごっ、ごめんなさーい!」


 尻尾を巻いて退散しようとする金髪リーゼントの悪霊。生え際には剃り込みが入っている。そのラメ入りのスカジャンを纏った背中に、忍は「ちょっと待ちな」と声を掛けた。


 ライダースジャケットのポケットから名刺を取り出し、悪霊にピッと投げる。備中和紙にプリントされた洒落たデザインだ。


『霊媒師 中邑忍』


「アンタもさ。いつまでも、そうやってチンピラみたいな恰好でツッパってないで。ちゃんと更生じょうぶつしたかったら、次の三十三回忌のタイミングで、ここに連絡して来なさい」


 忍は言う。一度、機会を逃して幽霊になってしまうと、そこから成仏するのは難しい。

 例えるならば、一日一便の長距離フェリーをうっかり乗り過ごした者が、荒波の大海原を救命具も付けずに自力で泳いで横断するようなもの。


 結果、直ぐに溺れて波にさらわれ、今まで居た場所からも遭難。孤独の海の奥底に身を沈めた挙句、醜い怨霊と化してしまうのだと。


「アンタみたいに機を逃した幽霊が、成仏しようとする場合は追善供養が必要なのよ」


 死亡した翌年の一周忌、次は三回忌。そこからは数えで七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌。そういった僅かな渡船のタイミングに、腕の良い僧侶や神主によって、手厚く供養してもらう必要があるのだと忍は説明した。


「そうなんすか? 知らなかったっす。オレ、中卒で学がないんで……」

「そうなんっすよ、遭難そうなんだけにね」


 忍がベタな駄洒落で場を和ませる。

 緊張が和らいだのだろうか。恐怖に怯えていた悪霊は「へへへ」と笑みを浮かべた。


「じゃあね、忘れんじゃないわよ三十三回忌。そん時は、アタシが腕の良い坊さんや神主を紹介するからさ」


「オ、オレ成仏できるんっすね。ありがとうございます。恩に着るっす、姐さんっ!」


 昭和のツッパリ悪霊は深々と頭を下げると、女霊媒師の慈悲に涙しながら退散した。


 ◇


「ありがとうございました」


 十数分後、マンションの駐車場。

 愛車のバイクにまたがるヘルメット姿の忍に、女性が深々と頭を下げる。


 先程の件の依頼主であり、部屋の家主だ。

 彼女は半年前に、このワンルームマンションに引っ越して来た。それ以来、先程の地縛霊のストーカーに、しつこく付き纏われて困っていた。


 そこで彼女はインターネットで『岡山 除霊 霊媒師』と検索し、最近SNSなどの口コミで県内外に評判が広がりつつある、忍のホームページへと辿り着いたのだ。


「あの、これ。今日の……」と白い封筒を差し出す。

「謝礼は公式ホームページで会員登録してからのクレジット払いがお得よ。その方がWEB割引が適応されるからね」


 キャンペーン期間中なので、WEB割は5パーセントオフ。更にはレディース割とキャッシュレス決済も適応されて、合計15パーセントもお得なのだと忍は説明した。


「え、そうなんですか? 実は給料日前だったから、それって凄く助かります」

「今夜の事をSNSに投稿してくれたら、更に5パーオフよ」


「凄い、それって合計20パーセントもお得じゃないですか!」

「ええ、フォロワー限定の裏メニューなの」


 女性はスマホを取り出すと、早速その場で忍のインスタグラムをフォローした。公式ホームページも、お気に入り登録だ。


「アンタも若い女のひとり暮らしで何かと大変でしょう。ちょっとでも節約しなきゃあね」

「はい!」


「公式サイトの会員登録は、お友達への紹介料もポイントで付くから。次回からは、そういうのも上手に活用すると良いわよ」


 霊媒師の報酬額は言い値だ。事務所は自宅だし、後はホームページ作成とバイクの維持費とガソリン代ぐらいで、経費も殆ど掛からない。

 更には、このようにインターネットを上手く活用し、お得感を打ち出すと同時に宣伝効果や顧客やリピーターを獲得しているのだ。


 忍はバイクのスロットルを回した。アグレッシブな排気音が唸りを上げる。

 メタリックスパークブラックのNinja400。ライトウェイトでハイパワーなカワサキのスポーツバイクだ。


 オートバイだと燃費も良くて渋滞知らず。どの現場でも駐車し易いので、移動の手段に最適なのだ。


「またタチの悪いのに付き纏われたら、連絡しておいで」

「はい。ありがとうございました、霊媒師のお姐さん!」


 忍を乗せた黒いバイクは颯爽と、倉敷市へと繋がる夜の国道180号線へと消えて行った。



参考サイト

https://www.e-butsuji.jp/butsuji3-1.html

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