6-8
翌日、麻里亜は意識を取り戻した。
奇跡的に一命を取り留めたのだ。懸念されていた低酸素脳症による脳への障害といった後遺症も、まったく見られないとの事である。
主治医は「絶命しなかった事よりも、むしろそちらの方が奇跡なんです」と保護者である母親の朱里亜に説明をした。
◇
朱里亜は男を告発した。
男は岡山県警に身柄を拘束され、幼児虐待と脅迫と殺人未遂の容疑で現在取り調べ中だ。各種全国ニュースにも実名報道された。おそらく実刑は免れないだろうとの見解である。
母親自身も、自ら出頭した。
男は自分の娘に対し、日常的な暴力的虐待を繰り返していた。それを黙って見て見ぬ振りをしていた自分も、同罪なのだと罪を認めた。並びに生活保護の不正受給も行っていたと自白した。こちらも現在、取り調べ中だ。
麻里亜は保護観察対象者となり、退院後はしばらく児童養護施設に預けられることとなった。
警察の取り調べに対し母親は「しっかり罪を償って、心を入れ替え社会復帰し、必ず娘を迎えに行く」と、反省の態度を色濃く見せた。
◇
倉敷美観地区は年末で賑わっていた。
昼下がりの河川敷の木製ベンチ。そこで黒猫マホは、白猫ハナと並んで腰掛けている。互いに飼い主に憑依した、少年少女の姿で。
真冬だというのに、大好物のデニムソフトをぺろぺろと舐め回す少年。青色をしたラムネ味のソフトクリームだ。
隣の少女に少年が言う。
「
視線を川の向こう岸に投げたまま、素っ気ない態度で少女が頷く。
彼女の方は、デニムタピオカを手にしている。
ソフト同様、こちらもソーダ味だ。
ふたりの間には、もうひとり座れそうなスペース。微妙な距離感だ。
「でさあ、ハナ」
少年姿のマホが話し掛ける。
「あの例の破って捨てた誓約書。どうせフェイクなんだろ?」
自分がオーナーを勤める店の雇われ店主は、以前『特約契約書』という
昨年の中森親子の件のことである。
中森は冥土の土産に『亡くなった妻を、冥土から呼び戻してほしい』と願った。しかし、それは人の寿命を操るのと同様、冥界の法で
ある特殊な例外を除き、一度成仏した人間の現世への蘇りは、決して許されないのだ。たとえ幽霊としてであろうとも。
「だから今回のあれも、全部お芝居なんだよね?」
最初から麻里亜は助かる運命だった。しかしクズな母親を懲らしめて、厳しくお灸をすえてやろうとハナがひと芝居打った。そういうオチなのだろうと、マホはしつこく問い質した。
そういう事なら納得が行く。すべてが芝居なら、お神への背徳行為にはならないからだ。
「なあ、そうなんだろ?」
ハナはストローでタピオカドリンクを啜りながら、ポケットからスマホを取り出した。
ロックを解除し、画面をマホに見せる。
冥界アプリ『死亡予定者リスト』だ。倉敷市の欄には『三田麻里亜(享年五歳)死亡予定日:二〇XX年十二月二十六日』と書かれてある。今日から四日前の日付だ。
「ゲッ、マジかよ!」
以前、マホ自身も同じアプリで確認したままの状態。そこから
「ってってててて事は……」
「ええ、あの誓約書は本物よ」
マホが、ごくりと生唾を飲み込む。
ハナは神の定めし
更には自らの魔術を用いて、
「なにやってんだよ。それって背徳行為の反逆罪じゃんか。冥界監査でウエにバレたら、クビどころじゃ済まされないんだぞ!」
「でしょうね」
まるで他人事の白猫少女だ。
「でしょうね、じゃないっーのっ!」
真っ赤な顔をしてマホが怒鳴る。
横に座る
昨年から突如、美観地区に現れた謎の白猫ハナ。
冥界の案内士法で規定されている人間の伝道師との雇用契約を結ばずに、違法すれすれのグレーな営業行為を続けている。
それに加えて神をも恐れぬ、掟破りの背徳行為。今回の更なる暴挙だ。
人の寿命を変えてはならない。
死者を冥界から現世に連れ戻してはいけない。
それが
「ハナ……おまえ一体、なに考えてるんだよ」
(次話へ)
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