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 ハッと振り返ると、黒いサマーパーカー姿の美少年が、ニヤニヤしながら横からスマホ覗き見している。


 黒猫マホだ。真幌に憑依したまま、子供の姿で戻ってきたのだ。


「業務中に私用スマホは、いーけないんだーいけないんだー♪ てーんちょーに言うちゃあろー♪」


 おちゃらけた口調のマホ。相変わらずの人を食った態度だ。

 望美は真っ赤な顔をして「こ、これは」と、スマホをさっと隠した。


「つうか最近、同窓会で再会した幼馴染の男の子といい感じなんだって?」

「……マホくん、どうしてそれを?」


「隠しても無駄だよ。神さま仏さまボクさまは、すべてをお見通しなのさニヤニヤ」

「べっ、別にそんなこと」


「いいねえ、若いっていいねえニヤニヤ」と誰よりも見た目に若いマホが言う。


 そんなマホの頭上から突然、バッシーン! と乾いた音が響いた。


「痛って―!」

「何がお見通しよ、この色ガキが。それセクハラだかんね」


 全身黒ずくめのライダーズファッション。忍の登場だ。


「なにすんだよ、しのぶちゃん。そっちこそパワハラじゃんか!」

「お黙りなさい、この悪徳オーナーが。あんまり調子に乗ってると、従業員へのセクハラで最高神うえに通報するわよ。ついでに店長まほろへの日常的なモラハラもね」


「へっ、なに言ってんだか。だいたい人間のしのぶちゃんが、どうやって最高神おかみに通報すんのさ」


 今度は忍がニヤリと笑う。


「アンタ最近、ハナって白猫にチョイチョイちょっかい出してるでしょ」

「ゲッ、なんでそれを?」


「おねえさまは、何でもお見通しなのよ。アタシの情報網をナメてもらっちゃあ困るわね」


 忍は職業霊媒師。この周辺の心霊情報には、詳しくて当然なのだ。


「アンタのセクハラとモラハラ、あの子にチクっとこうかしら。そしたら天界うえまで筒抜けよ」


 忍がつんつんと天井を指差す。


「えー、それだけは勘弁してよ。モラハラはともかくセク……ハラの……方はさあ……」


 語尾が、ごにょごにょと小さくなる。


「なんでよ?」

「そ、それは……」


「ふーん、そういうことか。あのハナって子、性格はクールでツンツンだけど、顔は結構可愛いもんねニヤニヤ」

「そっ、外回り営業行ってきまーす。つうわけで、のぞみちゃん。店番よろしくう~」


 少年の姿をした黒猫は、尻尾を巻いて退散した。


「まったく。営業営業って言いながら、いつもどこほっつき歩いてんだか」


 望美は「いらっしゃい。助けてくれてありがとう」と頭を下げた。


「良いって、良いって」

「忍さん。最近、よく店に顔出されますね」


「ああ、真幌に頼まれごとされてるんだよね」

「何をですか?」

「ちょっとした特別講師よ。アタシの力で、シャンとさせたいんだってさ」


 ◇


 仕事帰り。いつもの倉敷商店街を歩きながら、望美が呟く。


「忍さんの頼まれごとって何だろう。霊媒師として霊魂たちに特別講演会とか?」


 その光景を望美は思い浮かべた。


『ほらほら、ちょいとそこの生霊あんた地縛霊あんた浮遊霊あんたも!』

『『『はっ、はい!』』』


『あんらた、最近たるんでるわよ。ほら、シャンと背筋伸ばしてシャッキリせんかい!』

『『『『ぎょ、御意ぎょいっ!』』』


 想像しただけで、ぞわりとする望美だった。


 ◇


 翌日。

 夕日が差し込む店頭でほうきを掛ける望美の前に、来客が訪れた。


「いらっしゃいませ。ですが、あいにくと本日は閉て……んっ⁉」

「こんばんは、のぞみちゃん」


 それは幼馴染の藤宮樹だった。

 突然の来店に「ど、ど、どうしたの?」と望美は動揺する。


「仕事で倉敷の方まで来たんで、そのついでにね。へえ、ここがのぞみちゃんの職場か」


 樹が物珍しげに店内を見渡す。


「かのんちゃんからは聞いてたけど、レトロモダンでお洒落なお土産屋さんだね。たしか、奥はカフェなんだよね」


 マスカット・オブ・アレキサンドリアのフレッシュスムージー。それをカウンター席に差し出す望美の背後から「いらっしゃいませ」と、男性の落ち着いた声が聞こえてきた。


「はじめまして、店主の蒼月と申します」


 藍染着流し姿の長身で白髪の店主だ。179センチの樹よりも幾分か高い。


「うちの店員スタッフのお知り合いだそうで。ご来店、真にありがとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます。はじめまして、のぞみちゃ……逢沢さんの旧友の藤宮と申します」


 互いに挨拶を交わすと、真幌は「では、ごゆっくり」と奥へ引っ込んだ。

 真幌を目線で追いかける望美に、樹が問い掛ける。


「あのさ、のぞみちゃん。今週の日曜ってシフト空いてるかな」

「え?」


「実は牛窓の方まで、取引先のスポーツ用品店に届け物があるんだけど。せっかくの休日だから、そのまま観光がてらにドライブしようと思ってね」


 自分は東京帰りで、あまり地元の名所を観光したことがないのだと付け加えた。


「で、良かったら一緒にどう?」

「いっくん……」


 初恋の人からのデートの誘い。嬉しくない筈がない。

 内心、すこし浮足立つ望美だった。しかし。


「誘ってくれて、ありがとね。でも、日曜日はちょっと……」


 観光地の土産屋である昼のまほろば堂は、土日祝が忙しい。それに先日、同窓会で週末に休んだばかりだ。これ以上、店に迷惑を掛ける訳にはいかない。


 それに何より、自分には密かに想いを寄せている人がいる。そんな自分が他の男性とふたりきりで、ドライブなんてして良いわけがない。そんな風に考える古風な望美だった。


「そっか、だよね。観光地のお土産屋さんの仕事だもんね。残念だけど、諦めるよ。いきなりの無茶ぶりで悪かった。ごめん」


 樹が申し訳なさそうな顔をする。


「ううん」


 申し訳ないのはむしろ自分の方だと、望美がフォローを入れようと思った矢先。


「丁度、良かったです」


 望美が「えっ、店長?」と振り返る。

 いつの間にやら、再び真幌が傍に姿を表していた。


「藤宮さん。そういう事でしたら、日曜日に彼女を牛窓まで乗せて行って頂けませんでしょうか」

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