4-5

 翌日の日曜日の休憩時間。


「店長、昨日はすみませんでした。週末なのに、お休みを頂いてしまって」


 少し二日酔い気味の望美は、同窓会での出来事を逐一、店主の真幌に報告した。帰り際に彼とLINE交換したことも含めて。


「良かったじゃないですか。転校して行った男の子と再会できて」


 その男の子が、実は初恋の相手なのだという事は流石に黙っていた。

 真幌はそう言ったきり、まるで関心の態度を見せなかった。


 そんなつれない態度に内心、少しは気にしてくれてもいいのにと望美は残念がった。

 しかし、それは思い上がりなのだと直ぐに自嘲した。


 望美は忍にも、フォローの電話を入れた。


「すみません。忍さんにもご迷惑をかけてしまって」


 昨日は忍が代わりにシフトに入ってくれたのだ。


『良いって良いって。アンタの創作メニューのお陰で、最近やたら繁盛しちゃってるからね。今やそんだけメイドの望美は、この店に欠かせない存在ってことよ』


 逆に忍がフォローを入れる。そう言って貰えて、望美の胸がじんと熱くなる。


『真幌もね、同窓会にはずっと出席していないみたいなの。だから、自分の分まで楽しんで欲しいって気持ちだったんだろうね』


「それって……店長とずっと同級生だった美咲さんが、亡くなってからって事ですよね」


 益々と申し訳なくなる望美に、忍がいつになく優しい口調で答える。


『分かってんなら、それでいいのよ』


 ◇


【樹】『それでさ、こないだ取引先で――』


 望美はその後、樹と電話やLINEでやりとりを続けた。

 しかも何を思ったのか。望美はその事実を逐一、上司である真幌に方向をした。


「それでですね、店長。彼ったらですね――」


 どうやら真幌の、無関心でつれない態度への当て付けのつもりのようだ。

 しかし、当の真幌は「へえ、それは良かったです」とにこやかに言うだけで、全く興味の態度を見せなかった。まるで無邪気な妹の恋バナをさらりと聞き流す、年の離れた兄のように。


「はあ……なんか虚しくなってきたし」


 仕事の帰り道の倉敷商店街。望美はため息混じりに、ぽそりと呟く。

 いけない事だと思いながらも、歩きスマホで画面を見つめる。


【樹】『のぞみちゃんの話も、もっといっぱい聞かせて欲しいな。中高時代の事とか』


 樹は小五で転校したので、望美のその後の暗い歴史を知らない。正直、当時の話題には触れられたくはないが、そう言ってくれる彼の気持ちは嬉しかった。


「いっくんはこんなにも、あたしに関心を示してくれるのに」


 昭和レトロな風情の商店街で、望美は懐かしいあの頃を回想した。


 ◇


 それは望美がまだ小学校四年生の頃だった。

 当時から地味で引っ込み思案な望美だったが、両親は仲良く家庭円満で、同じクラスには親友の華音の存在もあった。


 今思えば、この頃が望美にとっての一番の幸せな時期だったのかもしれない。

 そんな頃に、樹とは同じクラスになった。


 当時の樹は望美と同じく、地味で無口で大人しく目立たない存在だった。

 しかし運動神経は良く、特技は足がクラスで一番速いことであった。スポーツ用品メーカーを営む父親に、幼い頃から厳しく鍛えられたようだ。


 加えて樹は顔立ちも良かった。だから目立つグループにはいなかったものの、密かに女子からの人気は高かったのだ。


 ある日の登校時。


「あれ、しまった」


 望美は忘れ物に気が付いた。漢字ドリルの宿題を、勉強机の上に置きっぱなしにしてしまったのだ。


 通学路で「どうしよう……」と望美は涙目になる。


 その背後から「どうしたの?」と、ランドセルを担いだ樹が声を掛けた。

 望美は事情を説明した。取りに帰ってたら遅刻する。親に持ってきて貰おうにも、携帯電話も持たされていない。


 聞き終えた樹は「ボクの足なら、たぶん間に合うけえ」と、代わりに望美の家まで忘れ物を取りに猛ダッシュで走って行った。

 しかし結局、樹は遅刻してしまった。


「こらっ。藤宮、寝坊か?」


 樹は自分の宿題を忘れて、取りに帰ったと嘘を吐いた。

 担任に怒られ席に戻った後、樹は望美の席までそっと忘れ物の漢字ドリルを回してくれた。


 受け取った望美は、樹の方を見た。


 ――ごめんね、いっくん。あたしのせいで……。


 目と目が合う。樹は軽くウィンクで返した。

 その瞬間、望美の初恋は芽生えたのだ。


 ◇


『ねえ。その後、藤宮いっくんとはどやねんよ?』


 おせっかいキューピッドの華音が、電話やLINEで探りを入れて来る。


 望美は「お互い休みも合わないし忙しくて会ってはいないけど、LINEでやり取りはしてるよ」と率直に事実を述べた。


『ふうん、そやねんね』と含み笑い混じりの声が聴こえてくる。

「……なによ、その意味ありげな口調は」


 その問いには答えず、華音は言葉を続けた。


『そういえば藤の花って、倉敷の市花なんやってね』

「ええ、そうだよね」と望美は答える。真幌の客への薀蓄で学習済みだ。


『でさ、こないだね。ちょっとネットで調べたんやけど 藤の花言葉ってね「歓迎」なんやって』


 実るほど頭をたれる稲穂かな。立派な人ほど謙虚なものだと例えた有名なことわざだ。その類似語に『下がるほど人が見上げる藤の花』という言葉もあるのだ。


『背が高くて腰の低いって、いっくんのイメージにぴったりやない?』

「なるほど、確かに」


 ――確かにそうだけど、むしろそれって店長のイメージだよね。


『でね、他にもね――』


 ◇


 翌日の閉店間際。

 昨日の華音との藤の花言葉の話題が気になった望美は、客足が遠退いた隙に自分でもスマートフォンで調べてみた。


『優しい』


 艶やかな姿で頭を下げ、お客様をおもてなし。そんな姿が優しさという意味合いに表れているのだ。


『佳客』


 佳客とは良いお客様を表している。


「優しいお客さま、か」


 突然、背後から子供の声がする。客だろうか。


「おーやおやおや、の・ぞ・み・ちゃーん?」

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