2-10

 五日後。

 死亡予定日を迎えた君代は、朝食の準備を終えた後、自宅で倒れ市内の総合病院に救急搬送された。


 原因は急性くも膜下出血。搬送から数時間後、彼女は発見者である息子に看取られ静かに息を引き取った。その顔は、とても安らかなものだった。


 ◇


「ていうか、のぞみちゃん。さっきから人のハナシ、ちゃんと聞いてる?」


 蒼月家の居間にて、黒いパーカー姿の少年がぼやく。現在、昼休憩の時間なのだ。


「え、なんだっけマホくん」


 恒枝茶舗のほうじ茶の入った備前焼の湯呑を手に、ちゃぶ台の前で正座をしている望美が聞き返す。


「だーから、ウチのダメダメな若ゾー店長のことだよっ」


 黒猫マホは今日も昼間から、まほろば堂店主の真幌に憑依し、店員の望美相手に八つ当たりだ。そうやって、いつものように職場の愚痴をこぼしている。


「まったく、真幌のやつ。またトロトロ仕事してくれちゃってさ。まーた同業者あいつに客を横取りされて、先を越されちゃったじゃんかよ」


 夜のオーナーの苦言を黙って聞いていた望美が、こほんと咳払いをする。


「それはそうと、マホくん」

「なにさ?」

「調子に乗って、あんまり長々と店長に憑りついてちゃだめよ。良い子はしっかり寝なくちゃ。ちゃんと店長の身体を休ませてあげないと」


 マホはスタッフが増えたのを良いことに、メイドの望美に店番を任せて、こうやって少年の姿でほっつき歩く事が多くなったのだ。


「誰のせいで、こうやって昼間も外回りの営業してると思ってんのさ。ここんとこ契約件数ガタ落ちだよ。昼も寝ないで、しっかりサービズ残業しろってんだ」


 そうやって昼に夜に働き詰め。多忙な店主の身を案ずるメイドの望美だった。


「あのアクマサロンの白猫ハナってやつ。憎たらしいったらありゃしない。あんな違法スレスレのグレーなやり方で営業してさ。もっと正々堂々と最高神うえの決めたルールを守って勝負しろっつうの」


 マホは口は悪いが、意外と冥界の規定を律儀に守って、冥土の土産屋を運営している。

 昼のまほろば堂と正規雇用契約を交わして約一年。最近になってようやく、その事に気が付き始めた望美だった。


 どうして黒猫マホは、人間に憑依すると子供の頃の姿になるのだろう。

 望美は以前、真幌の口からその理由を聞いたことがある。


 憑依した本人の姿のままで行動すると、その本人の日常生活に支障をきたしトラブルの元になる。子供時代の姿になることで、現在の時間軸で他に実在しない唯一無二の人物として行動できる。結果、憑依した人間に迷惑を掛けずに済むからなのだそうだ。


 それを聞いて望美は、もしマホ自身の意思でそうしているのなら、意外と良いところもあるのだなと素直に思った。


「腹立つほど契約取るのが早くてさ、びっくりするほど凄腕なんだ。ほんと、まいっちゃうよ。おまけに案外、顔も」


「顔も?」と望美が聞き返す。

「なっ、なんでもないよっ!」


 ◇


 数か月後のある晴れた日。

 倉敷市内の街中の霊園にて。スーツ姿の武藤大地は、母の月命日の墓参りに訪れていた。


「これ好きだったよね、父さんも母さんも」


 お供え物にと、梶谷のシガーフライを線香の傍に添える。


「父さん、母さん。俺、もう大丈夫じゃけえ。ちゃんとやってくから」


 ドSでアクマな白い天使による心労ダイエットはリバウンドもなく、大地はすっかり元のスリムな体型になった。

 再就職先での仕事も、どうにか続いている。一番不安だった人間関係も良好だ。


「みぃ」


 そんな大地の背中を遠くから、一匹の白猫がそっと見届けていた。


(次話へ)

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