2-9
何故、大地は自分の過ちに気付き心を入れ替え仕事を探すようになったのか。
その理由は、悪魔のようにドSな天使の姿が写るメインディスプレイにではなく、実はもう一台のサブディスプレイにあった。
ハナはダメ息子に対し、余命カウントダウンの怪しげなビデオチャット以外に、サブディスプレイ用いて、ある映像を放映した。
それは、母がこれまで撮り貯めたホームビデオだった。
両親と共に歩んだ、幼い頃からの成長の記録。それを連日連夜、何度も繰り返し画面に映し出し、ダメ息子の大地に鑑賞させたのだ。
【耐えらえなくなったのか。大地がパソコンの電源をコンセントごと引き抜く。しかし結局また起動させてしまう。連日連夜ディスプレイに映し出されるあの映像が、気になってしょうがないのだ】
大地が気になってしょうがなかったのは、このサブディスプレイの方だったのだ。
最初は新社会人。入社祝いのホームパーティー。
『やめてよ、恥ずかしいな』と鬱陶しがる自分。
横で父は「まあ、いいじゃないか」と笑っている。
高校の入学式。
それまでの学生服からブレザー姿へと。
志望校に入れなかったのが不服なのか、自分はすこし拗ねている様子だ。
そんな息子の不貞腐れたネクタイ姿を見て、父が苦笑いを浮かべている。
大学~高校~中学校~小学校。次第に子供だった頃へと。毎日一年ずつ、ビデオ映像が時間軸に反比例して遡る。そう、余命カウントダウンと共に。
両親と仲良く過ごした日々と、母の余命宣告。そんなアメとムチの映像を交互に上映することで、天使の少女は大地へ自分の愚かさに自分の意志で気付かせようとした。
まるで水風呂とサウナに交互に入れる様に。心のサウナ・ダイエット作戦だ。
『母、余命二十三日』
小学校の卒業文集。
『将来は尊敬する、おとうさんみたいな仕事がしたいです』
文集を見て「じゃあ、中学からは塾頑張るか?」と嬉しそうな父。
『母、余命二十日』
父と走った小学校の運動会。競技は二人三脚だ。画面の中では父が、幼き自分と肩を組み、満面の笑みを浮かべている。
『母、余命十七日』
父の横でランドセルを担ぎ、すました顔の小学校の入学式。
幼稚園の卒園式。もうすぐピカピカの一年生だ。
どちらの父も、笑顔の奥で瞳が潤んでいる。
『母、余命十五日』
丸いケーキの前で五本のローソクを笑顔で拭き消す、父の膝の上の幼い自分。
ここでも父は、嬉しそうな顔で笑っていた。
『母、余命十日』
最後のビデオは、生まれたばかりの息子をそっと抱き上げる若き父。
その姿を、優しくベッドで見守る母。おそらく看護師にカメラを託したのだろう。
いつもカメラ担当だった母が、ようやく画面に現れた。
若い夫婦の笑顔は、未来への希望で満ち溢れている。
『男の子だったね。じゃあ名前はやっぱり』
『ああ、大地だ。どんなに辛いことがあっても、自分の足で大地を踏みしめて、しっかりと力強く人生を歩いていく。そんな子に――』
大地のPCデスクに、ぽたぽたと涙が零れ落ちる。
「ごめんよ、父さん……母さん……俺……ごめん……本当にごめん…………」
ゲーミングキーボードに俯せ、大地は泣き崩れた。
◇
「母さん、今まで心配かけてごめんね。それに、死んだ父さんにも」
「いいから、早くお風呂に入ってらっしゃい。かなり匂うわよ」
「うん」
息子が浴室に向かう背中を見送る君代。
「そっか……大ちゃんが再就職……よかった……本当によかった…………」
口元に手を当てる。瞳が潤む。こみ上げる嬉しさに、胸の奥底が熱くなる。
ぽろぽろと心の雫が零れ落ちる。
「よかった……本当に本当によかった…………」
君代は何度も何度も呟いた。
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