2-7
「話が違うじゃない!」
余命七日。大地の母親である君代の生霊は、真夜中の
自称天使の白猫少女ハナに
「あなた息子に一体何をしたのよ。立ち直らせるどころか、あんなにもうちの子を追いつめて……前は、お風呂に入る時や洗濯物を出すときは、ちゃんと下の階へ降りてきてたのに。その時に少しは、私の声掛けにも耳を傾けてくれてたのに」
対面テーブルの少女が君代に、ハーブティーの入った白いカップを差し出す。
「それがもう食事すら、まともに取らなくなっちゃたじゃないのよ。それに昨日トイレに向かう姿を偶然見たけど、ゲッソリやつれちゃって。おまけに目が合ったら、逃げるように子供部屋に引っ込んじゃって」
カップをひったくる様に受け取ると、君代はガブリと飲んで抗議を続けた。
「その件に関しましては」と少女が事務的な口調で対応する。
息子である大地のPCをハッキングし、ビデオチャットで母の余命宣告をしたのだと説明した。しかも毎日カウントダウンで。
「ななななんですって⁉」と君代が驚く。
「いずれ嫌でも分かることですので。でしたら早めにと」
「なんで余計なことするのよ。ていうか、なんで私が死ぬって勝手に息子に言ったのよ。あなた最初に、秘密厳守するって言ってたじゃない!」
「秘密厳守は、あくまで部外者に対しての話。誓約書の規約にも、そう明記されておりますが何か?」と無機質な口調で言葉を返す。
「あー、もう最悪。こんなんじゃ私、死んでも死にきれないわよ。ねえ、こないだの誓約書返しなさいよ。今から契約解除したいんじゃけど」
少女は、誓約書にサインしたから解約はできない。冥界にはクーリングオフ制度も存在しないと事務的な口調で対応した。
「ひどい、そんなの詐欺じゃない!」
「規約にも、そう明記されております」
「あんなぎっしりと細かくて小さい文字、老眼の私に読めるわけないじゃないのよ。ひどい……」
君代はハンカチを取り出し「ひどい、ひどい、ひどすぎる……」と、あふれる涙を拭いだした。
「人の弱みに付け込んで書類にサインさせて、契約したら後はポイ。これって典型的な悪徳商法じゃないのよ。あなた可愛い顔して、とんだ悪魔のペテン師ね。信じた私が馬鹿じゃったわ。なにが天使のアロマサロンよ、アクマサロンの間違いじゃない!」
無表情の少女に向かって君代が怒涛の
「ねえ、そこまでして人の魂が、契約が欲しいってわけ?」
「それが、わたしの仕事ですから」
少女はテーブル席から立ち上がった。
「クレームは以上でしょうか。でしたら、お引き取りくださいませ」
「なっ……」
「インターネットもご家族に対しても、ご子息は重度の依存症でしたので。当店と致しましては、適切なメンタルケアを処方させて頂いたに過ぎません。ご自分が典型的な中年パラサイトシングルだとの自覚のないご子息には、よい薬になったかと思われますが」
「こっ、子供のくせに偉そうに。何を生意気な口を。人の息子を侮辱しないでよ。今はあんなだけど、大ちゃんは本当はとっても優しい良い子なの。そのうち、ちゃんと仕事だって……だから私、これまで以上に大事に大事に見守って」
興奮する君代の言葉を「お言葉ですが」と少女が遮る。
「そうやって甘やかしてお育てになったから、あんな自堕落な人間になったのでは?」
「ななな、なんですって!」
少女の乾いたひと言が、遂に君代の逆鱗へと触れた。
「小娘のくせに生意気言わないで。あの子は父親を喪って寂しい思いをしたのよ。だから私、精一杯……だから、子供のあなたに子育ての苦労の、親が子を思う気持ちの何が分かるって言うのよ」
「契約はもう既決していますので。どうぞ、お引き取りください」
「この詐欺師の小娘がっ!」
君代はカップに入ったハーブティーを、少女の顔へおもいっきり掛けた。
そのまま君代の生霊は、激怒しながら店を飛び出して行った。
少女が業務用のフェイスタオルを掴む。その背後で――。
「ふふっ、なかなか面白い
少年マホだ。
タオルで顔や服の胸元を拭いながら少女が素っ気なく答える。
「また、あなた? よっぽど暇みたいね」
「へへっ。飛ぶ鳥を落とす勢いでグレーな商売やってる新規参入の誰かさんのお陰サマで。愚直なまでに優良店舗な老舗のウチは、ここんとこ閑古鳥がメソメソ鳴きっぱなしだよ」
回りくどい言い回し。真幌のように喋っているつもりだろうが、支離滅裂だ。
「だから、もし違法行為してたら容赦なくお神に
少女は興味なさげに言い返した。
「好きにすれば」
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