2-6
「なんじゃこれ? なんかのウィルス?」
そうやって最初は、馬鹿にしていた大地だった。ところが翌日も。
『あなたのお母さん、もうすぐ死ぬの』
「またかよ。はいはい、分かった分かったって」
中央のメインディスプレイに向かって大地が悪態を吐く。向かって左横のサブの方は真っ暗なままだ。
『信じていないみたいね、わたしが天使だって』
「そらそうよ」
どうせ無名のジュニアアイドルを広告塔に使った、新手のフィッシング詐欺かなにかだろうと大地は邪推した。
『なら分からせてあげる』
その日を境に、大地のネット環境には様々な異変が起こり始めた。
「あれ、なんで?」
出入りしていたユーチューバーのライブ配信チャットに入室できない。どうやらブロックされたようだ。
「やっべ……暴言が過ぎたんだろうか」
ところが、異変が置きたのはYouTubeだけではなかった。
5ちゃんねるでは暴言で炎上させてしまい、アクセス規制で出禁に。
ツイッターをはじめ各種SNSでも、ブロックされまくりの嫌われまくりの魚拓を晒されまくりの挙句にすべて垢BAN。
魚拓に垢BAN。自分のイタい発言をスクリーンショットを撮られ、ネットに広く拡散され、アカウントを停止された挙句に強制退会されることを差す。
FXやネットギャンブルも負けまくり。あっと言う間に大地の口座残高は空っぽになった。
アダルトサイトや、まとめサイト。オンラインゲームサイトも、アニメ動画配信サイトまでも。お楽しみのページは、すべてフィルタリングが掛かっている。
まともに閲覧できるのは、お堅いニュースサイトか退屈な企業ホームページぐらい。これでは、まるで図書館に設置されたPCだ。
「なんなんだよ、これは」
突如、それまで真っ暗だったサブディスプレイに光が灯った。
「えーっ、なななんでだよ!」
大地のお気に入り深夜アニメ『四十八等分の彼女』の今週末に放映予定の筈の最新話が、サブディスプレイに映し出された。しかも、続けざまに最終話まで一挙にネタバレ放映だ。
「ななななんなんだ一体!」
◇
『私は天使』
少女は翌日も画面の中に現れた。
『だから未来の出来事を映し出すことなど、お手の物なの』
「分かった、わーかった! 信じるって、おまえが天国から来た本物の天使だって」
天使すなわち冥界道先案内士には、時を操る権限はない。
だから実際はアニメ制作会社のサーバーをこっそりハッキングしただけなのだが。大地はまんまと少女のペテンに騙されたようだ。
「なあ、信じるから。じゃけえ、もう勘弁してくれよ……ていうか、俺からネット奪わないでくれよ。ネットがないと生きていけないよ」
『天罰よ』
「分かった、もう分かったってば!」
『ようやく信用したみたいね。私の予言が真実であるということを』
「全部、おまえの仕業なのか……天使の、おまえの……」
『あなたのお母さん、もうすぐ連れて行くから』
少女は不敵な笑みを浮かべると、画面の中からホワイトアウトした。
「まじかよ、まじなのかよ……」
大地が生唾をごくりと飲み込む。
「………………ていうか、母さんまじ死ぬの?」
メインディスプレイの白い光が、大地の顔面を蒼白にさせた。
◇
『あなたのお母さん、余命三十日』
大地は諸々のショックで更に引きこもりをこじらせ、今まで以上にパソコン漬けになった。
『お母さん、余命二十九日』
心労で頬もこけ、げっそりとやつれる。
『母、余命二十八日』
耐えらえなくなったのか。大地がパソコンの電源をコンセントごと引き抜く。
しかし結局また起動させてしまう。何だかんだと、目を逸らせない。連日連夜ディスプレイに映し出されるあの映像が、気になってしょうがないのだ。
『母、余命二十七日』
『母、余命二十六日』
『母、余命二十五日』
『母、余命二十四日』
大地は遂にノイローゼとなり、子供部屋の前に出された食事すらまともに取らなくなった。
『母、余命十五日』
『母、余命十四日』
憔悴した大地が、目を血走らせPCにへばりつく。狂ったようにキーボードを叩きまくっている。
酸っぱい自分の体臭がツンと匂う。もう一週間以上も風呂に入っていない。横のトイレに行くことすらも億劫だ。
大地はどうしてしまったのだろうか。精神を病んだ挙句に重度のネット依存を更にこじらせ、別のIPアドレスや海外サーバを経由し、SNSや巨大掲示板でもアラシまくっているのだろうか。
自らを天使と名乗る謎の少女は、そうやって大地の心がズタズタになるまで、容赦なく徹底的に追い込んだ。
『あなたのお母さん、余命十三日』
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