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 なるかと思いきや。


『レッドとピンクをやめさせないで!』


 ふたりが番組に復帰できるよう、日本全国で署名運動が始まった。

 麻衣の決死の覚悟の勇気ある告発と、自分を犠牲にしてでも互いを思いやる熱い絆に胸を打たれたのか、世間は麻衣と翔に味方をしたのだ。


 番組を毎週楽しみにしている子供たちや、その保護者たち。他にも、全国の老若男女からの署名は膨大な数となった。また各種SNSでも、ふたりを応援する擁護派の声が圧倒的に高まったのだ。


 甲山は、番組ディレクターを解任された。所属する番組制作会社も解雇処分。今度は麻衣への監禁・強姦未遂容疑の加害者として、改めて警察の事情聴取を受ける羽目に陥ったのだ。


 形勢は一気に大逆転。こうして麻衣と翔は、甲山と入れ替わるように晴れて番組に復帰できることとなった。


 自分を犠牲にしてヒロインを守った、義理と人情と正義のヒーロー。この事件がきっかけとなり、翔の所属する事務所には、数多くの映画やドラマの主演オファーが舞い込んで来るようになった。


 誰もが名を知る有名人気俳優。そんな翔の予てからの願いが、遂に叶う時が訪れたのだ。


 と、いうことは――。


 どうやら少年の言う寿命とは『芸能人として』という意味ではなかったようだ。

 寿命があと僅か。だから冥土の土産に願いを叶える。


 マーくんと名乗る謎の少年は、確かに以前、翔に向かってそう明言した。

 願いが叶った代償として、翔は死神に魂を奪われてしまうのだろうか――。


 ◇


「いらっしゃいま……あ!」


 メイドの望美が笑顔で出迎える。


「こんにちは」

「俳優の広瀬翔さんですよね。いつもテレビで、ご活躍を拝見しています」


 後日、翔は昼の営業時間にまほろば堂へと訪れた。


「ええ、ありがとうございます」


 謎の少年に、願いを叶えてもらった感謝の気持ちを伝える為に。そして少年の言い残した、様々な疑問を晴らすために。


「それで、あの……マーくんって子に会いたいんですけど」

「あ、マホくんのことですよね。あいにく今日は――」


「にゃあ」


 望美の言葉を遮るように、頭上から猫の鳴き声が。

 翔は見上げた。大梁の上で、ちいさな黒い影がちろりと動く。黒猫だ。


「あっ、可愛い。おいで、おいで」


 翔が声を掛けると黒猫は、ぷいっとそっぽを向いて物陰へと消えた。


「あの子は、この店に古くから住み着いている雄猫なんです」

「そうなんですか。可愛い猫ですね」


「いえ。やんちゃの気まぐれで、ほんと手を焼いています」


 そろりと奥から長身の男が現れる。


「いらっしゃいませ」

「あ、店長。お客さまです」


 藍染和装に着流し姿の男は、優しい口調で翔を出迎えた。


「店主の蒼月真幌と申します。事情は存じ上げております」


 包み込むような響きの声だ。

 髪は総白髪。その白さには一点の濁りも無く、プラチナブロンドのようにも見える。髪型はストレートで男性にしては長髪。肩先まである。


 髪の色からして高齢者かと思いきや、どうやらそうではなさそうだ。年の頃はアラサーだろうか。白い肌と白い髪。藍色の和装に黒い腰帯がアクセントとなっている。


「きっと再び当店に足を運んで頂けると信じて、お待ちしておりました」


 翔は店主の顔を見上げた。長身の翔より目線は僅かに高い。長いまつ毛に包まれた、深いとび色の瞳。鼻筋もすっと整っている。


 ごくりと翔は生唾を飲み込む。

 その美しさにおもわず見惚れる翔だった。芸能人の自分顔負けだ。


「そうですか。それで店長さん、マーくんは今どこに。俺、彼にどうしてもお礼がいいたくて。それに――」


 それに確かめたいこともある。


【「残念だけど、寿命があと僅かなんだよね」】

【「神さまボクさまが、願いをひとつ叶えてあげるよ。そう、冥土の土産にね」】

【「ねえ、最期にカッコいいとこ見せてよ。冥土の土産に……さ」】


 少年の言い残した、あの一連の不可解な言動の本当の意味を。


「残念ですが。彼とは、もうお会いすることができません」

「えっ、どうして?」


「何故なら。彼はもうこの世には居ないからです」

「…………え?」


 店主の真幌は、神妙な面持ちで言った。


「彼は先日、ひとり冥土へと旅立ちました」

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