其ノ一 正義の仮面

1-1

「義理と人情、正義の心で恩返し!」


 青年の声がホールに響き渡る。

 倉敷アイビースクエアの館内ホール。子供向け特撮ヒーロー番組『純烈戦隊セイギリオン』倉敷美観地区ロケの撮影現場だ。


 ホール中央で横並びの五人の男女が、背筋を伸ばし決めのポーズ。最後にセンターの赤色のジャンパーを羽織った端正な顔立ちの青年が、両手を大きく振りかざす。


「純烈戦隊セイギリオン!」


「はい、カットぉ!」


 ディレクターは、オーバーアクションでカチンコを盛大に叩いた。


 ◇


 撮影を終えた広瀬ひろせしょうは、ひとり楽屋でパイプ椅子に腰掛け、一通の手紙に目を通していた。


「へえ『今週のセイギレッドも、とてもかっこよかったです!』ですって」

 翔は怪訝そうに振り返った。


 セイギピンク役の橋本はしもと麻衣まいだ。

 背後で手紙を覗き込みながら、含み笑いを浮かべている。


 セミロングの黒髪とシャンプーの香りが、翔の鼻先をくすぐる。

 彼は、こそばゆそうな顔をした。


 麻衣は「ついでに」とスマートフォンのカメラを翔に向けた。楽屋の様子をSNSにUPする為だ。シャッターボタンをカシャリとタップ。


 翔が「またかよ」と顔を歪める。

「そんな顔しないでよ。だってレッドのオフショットをインスタやツイッターに載せると、いいねやフォロワー数が増えるんですもの。これも営業活動のうちよ」


 麻衣は翔と同じ年の二十四歳。これまで売れないアイドルタレントだったが、翔と同じく無名時代の地道な努力が実を結び、若手俳優の登竜門である戦隊ヒーローの紅一点、ピンク役に抜擢されたのだ。


【橋本麻衣@純烈戦隊セイギピンク】

『今日も楽屋でこっそりと、ファンレターに目を通すツンデレッド』


 インスタグラムの投稿を終えた麻衣が、再び手紙を覗き込む。


「ねえレッド。この子よくファンレターくれる子だよね。たしか、まさよし君だっけ?」


 翔は、口を尖らせ答えた。

「だから麻衣。そのレッドって呼ぶの止めろよ」


「いいじゃない。翔は正義の仮面のレッドなんだから」

「正義の仮面、か。くだらない」


 翔は、吐き捨てるように言葉を続けた。


「前にも言ったろ。子供だましの幼稚なヒーロー役なんて、しょせんはステップ。単なる通過点に過ぎないんだよ」


 誰もが知る有名実力派俳優として、広く世間に名を馳せる。それが自分の夢なのだと以前、翔は麻衣に語っていた。


「こんなの貰っても、鬱陶しいだけさ」


 翔は椅子から立ち上がると、無造作に麻衣へと手紙を押し付けた。


「適当に捨てといてくれよな」と翔が楽屋を後にする。

「ちょ、ちょっとレッド……」


 正義の味方の皮を被った、ひねくれ者。

 まさに彼は仮面の男だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る