第27話 少女魔道士の夜、闇の魔道士のささやき
二日目。
今日の夜営は、スズノスケが先に寝る番だ。
スズノスケは、たき火の前でごろんと横になり、たちまちいびきをかいて寝てしまった。
今日もジャイアントスパイダー探しは空振りだった。
けれど、ノエルはそのことに、不思議なくらい不満を覚えなかった。
クエストをしているのが楽しいという感覚がある。今までなかった事だ。
魔法の腕を磨くとか、冒険者として上を目指すとか、そういう事に意識が行っていたせいだろうか。
その時その時で、クエストごとにパーティに参加する事はあったが、ずっと同じ人と組んで仕事したのは初めてだ。
魔道士は稀少なので、それで特に不自由は感じていなかった。
正直、冒険者として育ての親のようなアレスさんに言われなければ、長期間コンビを組むなんて考えもしなかったろう。
そう言えば、いつの間にかヤマダではなく、スズノスケと呼ぶようになった。
スズノスケは冒険者に向いていると思う。
どんな所でもすぐ寝られる神経の図太さは冒険者向きだ。
しばらく、焚き火越しに周囲を見ていると、いつの間にか、いびきが止まっているのに気がついた。
不意にスズノスケからくぐもった声が聞こえた。
「『おぬしの魔法構築の癖が少し気になる。どうも見覚えがある気がしてな。ようやく思い出した』」
「スズノスケ、寝たんじゃないの?」
ノエルからは、焚き火から背を向けて寝ているスズノスケの顔は見えない。
「『寝ているとも。早くも完璧に熟睡しておる。
意識がない間でも、口で喋るのが限界じゃな……体や幻想器官を動かすと眼が覚める。
うむ、寝言を言うのが精いっぱいじゃな。今のところは」』
「えーと、あなたが何言ってるのか、さっぱり分からないんだけど?」
ノエルが訳が分からないという表情で声を上げる。
「『まあ、寝言だ。細かいことは気にするな。
それで、おぬし、魔法は祖母に習ったと言ってたの。お主の祖母の名前は?』」
「あたしのおばあさまの名前はナスターシャよ」
「『もしかして……ナスターシャ・ファン・ヴァッセナールか』」
「……なんで駆け落ちしてきたおばあさまの家名知ってるの?」
「『ちょっとな。そうか……ブリセルの鬼姫がのぉ……。
……幸せに暮らしていたのじゃよな?』」
「うん。孫の私が保証するわ。とにかく、おじいちゃんと仲良しで、いつも一緒に手を繋いで楽しそうに散歩してたなぁ。
最後もおじいちゃんとずっと手を握ったままで笑顔で……。ちょっと憧れる」
「『それは良かった。本当に』」
「おばあちゃんのこと、何か知ってるの? 王都で何か噂でも?」
「『…………』」
「寝たの?」
「『…………』」
応答がない。
再びいびきをかき始めた。
今度こそ本当に寝たようだ。何だったのかしら。
ヤマダ・スズノスケ、不思議な少年だ。
アレスさんが妙に気に掛けたのも分かる。コンビを組む時に注意して見ておくよう頼まれた。それからも、時々、スズノスケがちゃんと出来てるか様子を聞かれる。
ヤマダ……家名があり、幻想器官を持っているということは、貴族の出なのだろう。
でも、聞いたことがない珍しい家名だ。
他の国の人間なのだろうか?
なまりのない綺麗な発音は、逆に、王都の貴族らしく聞こえる。
ああ、名前は別に本当の名前を名乗ってるとは限らないか。
スズノスケ……。
ろくな魔法を使えないくせに、その魔力は底が知れない。
正式なかどうかは知らないが、血筋で見ると有力な貴族の子弟ではあるはず。
しかし、魔道貴族の子弟として当然受けているはずの教育をうけていない。
あたしに魔法を教わっていて、実際、初級魔法の知識もほとんどないのに、時々、妙に高等な魔法の知識や技術を知っている。
どういう教育うけてきたんだろうか。
何かがずれている。
それが何かはわからないけど。
分かっていることは、唯一、その剣の腕は本物だということだ。
まるで、物心ついたときから剣を振っていたかのような……とにかく、剣を振っている姿が自然に見えるのだ。
それだけでなく、その剣の腕が、どんどん上がっていく。
これだけの腕だ、相当剣を振るっていたはずなのに、初めはまるで魔物と戦ったことがない初心者のようなぎこちなさを併せ持っていた。
王都の貴族の子弟だとしても、いっぱし剣士が、ここまで魔物に慣れていないということがあるんだろうか、そう不思議に思った。
そして、魔物と戦うたびに急速に戦闘に慣れていく。
ホントに不思議な少年だ。
正直、他人にこれほど興味を持ったことはない。
もう少しコンビを続けていたい、夜営のたき火を見ながら、ノエルはそう思った。
もう少し……いや、当分の間は続けることになるだろう。
スズノスケは、路銀を貯めたら旅に出るらしい。
だが、旅立つのは、十分お金が貯まって、かつ、アレスさんともう一度立ち会って一本取ったらという話だ。
お金はともかく、アレスさんから一本取るまで腕を磨くと言うことは、しばらく先の話になるだろう。
これから、しばらくの冒険の相棒のいびきを聞きながら、ノエルは夜営の焚き火を眺めるのであった。
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