第12話 剣道少年の大乱戦 その3

 転がった刀を伸ばし拾いに行く。

 俺を叩き潰そうと、真上から振り下ろされる金棒を何とか避ける

 手にした刀は刀身が半分、はなはだ心もとない。

刀剣強化ソードエンチャント」魔力を通す。

 オーガは金棒を構えて俺を憤怒の形相でにらんでいる。

 やはり、魔法を認識できるんだ。

 くそ、あの金棒あたったら痛いじゃすまなそうだ。ぶんぶん振り回しやがって。

 どうする?

 間合いが違いすぎる。

『おい、そろそろ、わしに任せんか?』

 うるさい、今珍しく頭使って考え事してるんだ、静かにしろ。

 やはり、気をそらして隙を見て飛び込むか。

「おい、ヤクザ、射撃しろ」

 カチン、カチン、カチンと空撃ちの機械音が響く。

「予備の弾は?」 

「い、今、入れ換える」若がポケットをあさり出す。

「おれの、弾の換えは車の中に」ドイツ車の方を指さして、あわあわとしている使えんチンピラが一人いる。

「す、すずちゃん、来るよ」

 オーガがこっちに近づいてくる。

 このまま待ってたら、後ろの二人も金棒の射程圏内に入ってしまう。

 しょうがない。

 切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、踏み込み見れば、と。

 最速で間合いを詰める。

 金棒が来る。

 くそっ、横薙ぎだ。

 無様に地面に転がって避けながら、なんとかオークの足を切りつける。駄目だ。

 刃が通らない。

 刀が折れてるせいか、切れるイメージがわかない。魔力がうまく通っていない。切れ味が悪い。

 刀の一番切れる部分は切っ先三寸だ。

 折れてリーチが短くなったのもさることながら、切れ味の良い先端ものうちを失ったのは痛い。突くことも出来ない。

 なんとか立ち上がり、陽菜と静香先輩とおまけ三匹をかばう位置に立つ。

 後ろに向けて声を掛ける。

「おいっ、若、まだか?」

「だ、大丈夫だ。弾は込めた」

「んじゃ、俺の合図で、顔向けて撃て。顔だぞ」

「わ、分かった」


『どうするつもりじゃ? その刀で届くのか?』

 届かせる。

 刀剣強化ソードエンチャントは刀に魔力をまとわせてそれで切っている。それは本当に刀の刃で切っているのか? 

 いや、切り裂いているのは魔力ではないのか?

 なら、なぜ、切っ先三寸以外は切れ味が悪いんだ。

 切っ先三寸が切れるのは俺のイメージだ。

 ならば!

「おいっ、若、撃て!」

 俺の合図とともにヤクザがオーガの顔に向けて銃を撃つ。一発、二発、三発。リボルバーなので後三発。

 四発、五発。

 オーガは片手で顔を覆いながら、当てずっぽうに金棒をふるった。

 俺は、雑に振られた金棒の下を抜けて接近すると、オークの膝を蹴って跳躍しがらオーガの首に向かって刀を振る。

 分かっている、折れた刀では長さ的に届かない。

 刀を振る瞬間、強固にイメージする。

 この刀、同田貫の完全なる姿をイメージを脳裏に描きながら、思いつくまま叫ぶ。

「紅堂真空斬りっっっ」

 振り下ろされる刀を覆っていた魔力が、折れる前の本来の刀の長さまで伸びた。

 オーガの首の動脈が切り裂かれる。

「見たかっ」

『ふむ、時代劇専用チャンネルによると、その技はそういうモノではなく、ウインドカッター系の技ではなかったか?』

「知らんわ。主題歌と技の名前以外覚えてないよ」

 オーガーはよろめきとともに後ずさる。

 首から滝のように吹き出す血。

 勝った。

 俺は息をつき、折れた刀を杖にして膝をついて、オーガが倒れ込むのを眺めていた。  

 

 油断していた。

 魔法がうまく行ったことで、残心を無くしてしまった。

 残心、剣道の基本。そう、相手が死に切る前に油断してはいけないのだ。ずっとそう言われて育ったのに。

 オーガは倒れ込むとき、最後の力で金棒をこちらに投げつけたのだ。

 とっさに手を伸ばすが届かない。

 スローモーションのように引き延ばされる時間。俺を上を飛んでいった巨大な金属塊は、後ろにいた陽菜と先輩を轢き、転がった。

 吹き飛ばされた先輩は動かない。

 金棒の下敷きになった陽菜が口が血を吐く。

「そ、そんな……」

 走り寄る。

『ふむ、そっちの先輩とやらは打撲で気絶しているだけだが、こっち小娘は内蔵が破裂しているな。このままでは一時間と持たんぞ』

 血の気が引いていく。

「陽菜! きゅ、救急車を」ポケットからなんとかスマホを取り出そうとするのに、なんか、ひっかかって出てこない。

 こんな恐怖は感じた事が無かった。

 自分の死は、道場で立ち会いの度にそれを覚悟して相手と対するよう言われ育ってきたので、覚悟することが出来たのだ。

 自分が死中に活を求める勇気は出せる。

 だが、陽菜が死ぬ? それは駄目だ。

『まあ、待て。慌てることはない。簡単に助ける方法があるぞ。さっきから何度も言っておるだろう。わしに任せれば解決するぞ』

「どうするって言うんだ? 言え」

『簡単な事だ。体の支配権を寄越せ。わしが魔法を使えば助かる』

「な、おまえ……俺を乗っ取る気か」

 この黒い魔道士に体を引き渡す? 

『いやか? 救急車なんぞより、間違いなく助けられるぞ。すぐにも体を回復させてやろう。そういう契約を結ぼうではないか』

「その契約だと、一度助けた後、お前が大虐殺しようと、俺は指をくわえて見ているしかなくなるわけだ……。

 邪魔な奴は皆殺しにしてしまえというのかお前の方針だろ。

 ここに居る全員お前にとって邪魔者なんじゃないか?」

『くくく。うつけ者のくせに中々鋭いではないか。随分わしの事を分かってきたようじゃな』

「ずっと体に同居してたから、流石にな。陽菜を助けろ。終わったら、体は俺が取り返す」

『まあ……よかろう。安心しろ、今、一時的に体を寄越すだけでよい。この事態が終わったら体は返す』

「ならいい、のか……逆に分からない。フィスタル・アルハザラスの名にかけて答えろ、お前の目的は何だ?」

『我が名、フィスタル・アルハザラスにかけて答えよう。いくら稀代の大魔道士たるわしでも精神体のみの存在として過ごすのは辛くてな。いつまで正気や独立した自我を保てるか分からん。たまには肉体を使わんとな。

 そして、一番の目的は好奇心だな。この体できちんと魔法が使えるかが知りたい。

 わしは今、貴様に嘘をついていない。それは分かるだろう?』

 ああ、こいつは今嘘をついていない。全てを語っていないにしても。

「助けられるんだな?」

『わしは大魔道士である。たやすい』

「分かった。胡散臭いが、その条件飲もう。で、どうすればいい?」

『契約は宣言するだけで良いぞ。今ここで体の支配を明け渡す、とな』

「その言い方だと全部取られるだろ」

『大分分かってきたではないか』

「ホント油断も隙もないな!

 今、この怪我人達を直す間、体の支配を貸す。……当然、異世界に渡るとかはなしだぞ」

『くくくくく、用心深いの。良いだろう。了解した。契約は成立だ』

 ふっと、一瞬意識が遠くなった。

 その途端、目の前の事が認識は出来るが、実感できなくなった。

 まるで、テレビを通して見ているような感覚。

 手も足も、何一つ自由に動かす事が出来ない。

 フィスタルと俺の体の支配率が逆転したのだ。

「久しぶりの感覚じゃ。体があるというのは良いのぉ」

『いいからさっさとみんな治せよ』

「少しは余韻に浸ってもよいのではないか。怒るな。ふむ、ま、良いか。

 我が魔道を持ってすれば、たやすい事よ。

 見るが良いぞ」

 俺の口から、俺が習ったことのない言語が滔々と口ずさまれる。

 空中に魔方陣が展開される。その中に魔力が流し込まれる。

 何故か、理解できないはずの詠唱の呪文が理解できる。

 回復魔法だ。

 俺の口が力ある言葉を放つと共に、時間がまき戻るように、血まみれの人達が回復していく。

 土気色の陽菜の顔が赤みを帯びる。

 良かった。

「ふむ、生きている奴は健康体にしたぞ」

『ついでにヤクザも回復しているな』

「ああ、そう言えば、そうだな。貴様に魔道を見せつけようと、つい、高位な範囲回復魔法を使ってしまった。ま、このヤクザどもは殺しておくか。むしろ殺そう。後腐れなく」

『うーん、どうするかなぁ。オーガ退治手伝わせたというのもある。正直、こいつら居なかったら俺も死んでたし、

 それに、回復した後、殺すのもなぁ……。もうこちらに手を出さないのなら見逃してもいいんだが』

 フィスタルとこいつらをどうするかしばらく話していると、呆然としていた若が我に返ったようだ。 

「な、なんだよっ。一体、なんなんだよ、これは。あ、あの化け物は、あれはどこに消えたんだ? それに、おれの怪我、いつの間にか治ってて……」

 怯えの表情を浮かべている。

 オーガの死体は、以前と同じように魔方陣に吸い込まれて消えていた。

「ふむ。お前が知る必要はないのぉ。わしは魔物に襲われた貴様を助けた命の恩人だ。そうじゃな?」

「あ、ああ」

「んでは、もうわしらに……いや、金輪際、素人に手を出したりしないと約束できるか? 出来るなら生きて帰してやろう」

「わ、わかった。約束する」

「嘘を付けば分かるからな」

「あんな化け物殺して、わ、わけの分からない変な力使う奴に逆らわないっ」

「ふむ。嘘はついていないようじゃな。ま、良かろう。わしとしては、今ここでおぬしらを消すのが良いと思うのだが、中の奴が約束守る気なら、今回一度だけは見逃そうと言うのでな。

 命拾いしたのぉ。約束しなければ死んでいたぞ。

 あ、そうそう。言っておくが、今夜起きた事は他言無用じゃぞ」

「言っても誰も信じねぇよ……」

「生きている奴らを連れて出ていくが良い。ああ、車は一台残せよ。わしらが帰るのに使うのでな」

 連中は顔を見合わせ、ぶつぶつ言いながら動き出した。

 感情が死んだような顔で組員達を白いワゴン車に運び込むと、倉庫の扉を開け放して去って行った。

 潮気を含んだ海風が吹き抜ける。

『車で帰るのか』

「うむ」

『運転できるのか?』

「いや、おぬし、運転の仕方しらんのか?」

『知るわけないだろ。高校生だぞ、俺は』

「ふむ、車の運転というのを一度やってみたかったのだがな」

 その時、うーんと、声をあげて陽菜が目を開けた。

「あ、すずちゃん」

「体は問題無いな」

「あ、あれ? 確か、鬼が金棒を投げて来て、凄く痛くて……あの変な鬼は?」

「もう消えた。全て問題ない」

 こちらをじっと見る陽菜。ぽつりと、

「あなた誰?」と呟いた。「すずちゃんじゃ……ない?」

『何で分かるんだこいつ……』

「ふむ、説明するのも面倒くさいな」

 そう言うと、フィスタルは小さな魔方陣に魔力を流し込んだ。

 魔方陣から力が指向をもって陽菜と先輩の方に流れる。

『ん、これは……』

「今日は、帰宅途中には何も無かった。お前らは三人でいつも通りに家に帰った」

「いつも通りに家に帰った」陽菜がぼうっとした声で繰り返した。

「催眠暗示じゃ。おぬしもその方が都合が良かろう」

『ああ』

「では二人は家に帰しおくぞ」

 再び呪文の詠唱と共に、転移魔法の魔方陣が展開し、陽菜と先輩の姿が消えた。不思議とこいつが使う魔方陣と呪文が理解できる。脳を共有しているせいだろうか。

『あの暗示、大丈夫なのか?』

「まあ、しょせん簡単な暗示じゃ、何かの拍子に思い出すかも知らん」

『ダメじゃないか』

「人間の精神をイジる魔法は難易度高い。無理すれば廃人になる。まあ、あの程度にしとくのが無難だ」

『そうか。……まあ、とにかく何とか解決したな。体の支配権を返せ』

「さて、その事だが。………くくくくく、返すと思うか?」

 ゾクリと悪寒がした。


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