第4話 剣道少年、剣道部の助っ人で魔力を使う

「すずちゃん最近は朝、ちゃんと起きてるね」

 ここ一ヶ月はよく眠れているからな。

 異世界の魔道士の変な勧誘がなくなったからな。快眠である。

「あ、そうだ。陽菜、今日は放課後、先帰っていていいぞ」

「また、剣道部?」

「ああ。助っ人頼まれた。南高の奴らが今日ウチの高校に来るらしい」


『道場破りという奴か?』

 ……そう、異世界の魔道士はというと、まだ俺の中に居るのだ。

 まあ、時折、こうして脳内に話しかけてくるだけで特に害はない。

 どんどんこの世界の事に詳しくなってゆくのだが、どこからこの世界の情報仕入れているのか時々不安になる。

 時代劇専用チャンネルを知識のソースにするなよ。

 普通に練習試合だよ。


 だんだん頭の中に別人が居るのに慣れてきた。

 お互いに思考がダダ漏れではなく、伝えようと心の中で呟いた事だけ相手に伝える事が出来る。時々漏れるけど。

 独立した人格が同じ体の中に二人居るのだ。脳みそとかどうなってるんだろう。


「部員が1人盲腸の手術して、まだ復帰していないんだとさ。人数合わせだよ」

 ふと、陽菜があさっての方を見る。

 その視線の先には長い髪の美女。

「あっ、静香先輩だ。せんぱーい」ぶんぶんと陽奈が手を振る。

 にこやかに手を振り返す先輩。陽菜と先輩は、いつの間にか随分仲良くなっている。

 少し小走りに寄ってきた先輩。相変わらず良い感じに揺れる。目が引きつけられる。

「剣道部から聞いてます。鈴之助さん、練習試合で選手として出るそうですね」

「耳が早いですね」

「生徒会長ですので。それで……ですね」

 珍しく静香先輩が少しもじもじしながら、「これどうぞ」

 と、ポケットからだした物を両手で差し出してきた。

「う、うちの神社の御守りです。よろしければお持ちください」

 鮮やかな朱色の御守り。

「ありがとうございます。ありがたく頂きます」

 そう言って、御守りを受け取った瞬間、先輩の顔が真っ赤になった。

 今日の静香先輩はやけに照れ屋さんだ。

 俺はリュックの横に御守りを結びつけた。

「え、そこに付けるんですか」

「いつも持ち歩くものってこれですから。何か?」

「いえ」

 何か恥ずかしそうにしているのが可愛らしい。


 授業が終わると、放課後まっすぐ剣道部の部室に行く。

 相手の南高はそんなに強豪という訳じゃないのだが、1人飛び抜けた奴がいると噂に聞く。

 有名な道場に通っていて相当強いらしい。個人戦では全国区レベルので名前が通っていると。

 その名も宮本小次郎。

 ……ライバル剣豪を合体させたような……どっちかにしとけよと思ったが、山田鈴之助では、あまり人の名前の事は言えない。

「はいこれ」剣道部の与田が一枚の紙切れを差し出す。

 メンバー表を見た俺は顔をしかめる。

「人数合わせの助っ人に大将やらせるのはどうかと思うぞ。何で俺が大将なんだ?」

「いいんだよ。それに、ぶっちゃけ南高の大将には誰も勝てない。他は互角なんだから、もしお前がずぶの素人だとしても大将に据える。それが団体戦としては勝率が高い」

「剣道というのは勝ち負けではなくダナ、正々堂々と戦うことで心を鍛え……」

「あ、うちはそういう道場剣道の精神論はいいんで」

「……ま、いいけど。焼き肉食い放題おごり忘れるなよ」

「分かってるよ」


 今日ばかりは少し真面目に合同練習をするウチの剣道部。

 そして、練習試合が始まる。代表五人で勝ち星を競うのだ。

 先鋒、次鋒、中堅、副将の試合は一進一退。先鋒と中堅はうちが勝ったが次鋒と副将は向こうの勝ちだ。

 大将を除いたら同レベルというのは本当らしい。

 そして、俺の出番が来た。

 だが、うちの副将が負けたときに、うちの連中は、もう全て終わったという顔している。見事に負け犬の顔である。

 向こうの大将は当然、剣士・宮本小次郎。

 有名ライバル剣豪を合体させたような名前の敵の大将は割とイケメンで、立ちあがると観衆から黄色い声が上がった。わざわざ練習試合に追っかけてくるファンがいるのか。うらやましい。

 耳を澄ますと、

「すずちゃんがんばれー」

 ……異様に聞き覚えのある声が。

 だから、人前ですずちゃんはやめろって。

 ……まあ、でも、やるだけやってみるとするか。

 互いに礼、竹刀を抜き、そして立ち会う。

 目は遠き山を見るが如く。相手の剣ではなく、相手の全体を、さらには、世界を俯瞰するように視野を広げていく。

 感覚が研ぎ澄まされていく。

「始め」審判の声が掛かると共に、するっと相手の剣が引き上げられる。

 時間が引き延ばされる。

 主観的に止まったような時間の中で、自分の小手めがけてゆっくりと降ってくる敵の刀を僅かに自分の小手を動かして空振りさせ、相手の面を打った。

「面有り」

 審判の旗が三本上がっている。

 集中が切れた途端、時間が普通に流れ出した。

 見物人から歓声が上がる。

 なんだこれ?

 いやいや、ここまでの集中力俺ないぞ。

『ふむ。大魔道士たるわしと精神が融合した影響かのう。精神制御は魔法の基礎じゃ』

 開始線に戻り立ち会う。剣士宮本の凄まじい気迫が目に見えるようだ。

 ……という目に見える。なんだこれは。

 開始線に戻り、構える。

「二本目」審判の声が響く。

 その瞬間、こちらの面に向かって剣士宮本の刀が振り下ろされる。早い!!

 ぎりぎりこちらの刀で受けて、精一杯の力を込めて体当たりする。その直後、身体を横にして相手右側方の死角にバックステップで逃れる。

 これは割と得意自信がある。相手は一瞬こっちを視界から失うはず。

 しかし、宮本は迷わずこちらを向き、正確に刀を振り下ろしてきた。横に目でもついてるのか?

 避けなければ。集中する。

 その瞬間、再び時間が引き延ばされる不思議な感覚に包まれた。

 こちらの面に向かって振り下ろされる刀がまるでスローモーションの様に良く見えている。だが、身体が重い。

 思考の速度に体の動きがついてこない。このままでは切られる。

 動けこの身体!

 必死にそう思った瞬間、何かから力が流れ込み身体があるべき速度以上で動いた。

 後の先で、相手の面を避けつつ前に出て、すり抜けざまに胴をないだ。

「胴あり」

 再び旗が三本上がった。

 終わった。勝ちだ。

 観衆から拍手の嵐。

 番狂わせの大将戦の大勝利。まあ、非公式の練習試合だけどね。

 相手のイケメン大将は結構良い奴で、試合が終わったら「次は負けないよ」、と歯をキラっさせて帰って行った。打って反省打たれて感謝という感じで、精神もイケメンらしい。きっとああいうタイプはどんどん強くなっていくだろう。

 俺の結果はどう考えても実力以上だ。

 ズルしたみたいで心苦しい。

『というか、分かっているか貴様。最後の方、魔力を行使していたぞ』

 は?

 与田がバシンと俺の背中を叩いた。

「すごいな大金星じゃないか。やっぱ助っ人じゃなく正式に入部して公式戦も出てくれよ」

 剣道部の連中が大はしゃぎだ。

 俺の内部からあやしい声が心の中に響いた。

『実に興味深い。おぬし、魔道の力……魔法を使ってみたくはないか?』

「それは……ロマンだな」

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