第3話 剣道少年、異世界の魔道士を乗っ取る!

 翌朝の通学路。いつものように陽菜と歩いていると、

「おはようございます、山田さん」

 会釈しながら、黒髪ロングのモデル体型美人が近づいてきた。

「おはようございます。姫守静香先輩」軽く手を上げる。

「え? あ、生徒会長さん?」陽菜の驚きの声。「すずちゃん、生徒会長さんと知り合いだったの?」

 だから、高校生男子に向かってすずちゃん言うなって。

「すずちゃん?」

「鈴之助という名前なもので。こいつは幼なじみの河原崎陽菜」

「幼なじみですか……とても……可愛らしい方ですね。初めまして河原崎さん。山田さんにはお世話になってます」先輩が静々と頭を下げる。

「は、はじめまして。陽菜でいいです。すずちゃんの幼なじみです」慌てて、ぺこりと頭をさげた。

 先輩がこっちを見る。

「あの山田さん……私もすずちゃんって呼んでいいですか?」

「勘弁してください」

「それでは鈴之助さんとお呼びしても?」

「それならまあ……」

「ありがとうございます。私のことも静香とお呼びください」

「ちょっと、なんでそんなことになってるの⁉」陽菜は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。豆鉄砲って何だろうね。

 先輩が口を開こうとしているので、陽菜の頭の後ろで先輩に向かって手でバッテンのジェスチャー。陽菜に知られると親とじいちゃんまで即バレる。やっぱ、路上でナイフ持ったヤツとケンカしたこととか知られたらマズいわ。

 先輩は少し思案してにっこり微笑み、「それはヒミツです」と口に人差し指を当てた。

「えーー!」

 騒ぐ陽菜を何とかごまかし、なだめすかしながら三人で登校する。

 眠い。これから授業だと思うと特に。欠伸をする。

「大きなあくび。眠そうですね」姫守先輩が目を丸くする。

「なんかすずちゃん、毎日へんな夢を見るんだって。異世界から呼び掛けられるんだよね」

 何故か得意げに陽菜が言う。

「おま、恥ずかしいから言うなっての……陽菜は口が軽いなぁ」

「すずちゃんほどじゃないよ!」まあ、確かに俺もよく言われる。

「夢見が悪いんですか。うちでお祓いでもしますか?」

 そいや、神社でしたね、先輩のご実家は。

「いや、そんな、いいですよ。最近だんだん呼び声の無視の仕方が分かってきたから。数学のよねやんの授業のごとく、馬耳東風と聞き流せば案外気にならずに寝れるもんだ」

「米山先生かわいそう……」陽菜が首を振って嘆いた。

 その日から、姫宮先輩とは登校時にちょくちょく会うようになった。

 姫守神社から学校までの経路上に俺と陽菜の家はあるので不思議はないのだが、今まであまり見かけたことはなかったな。きっと、通学時間を変えたのだろう。


「おい、山田なんで毎日、静香姫と登校してるんだよ!」

 しばらく経ったある日、同じクラスで剣道部の与田が絡んできた。あー、姫守先輩、姫とか呼ばれてるんだ。まあ、分かる。静香姫か、実にしっくりくるニックネームだ。

「陽菜ちゃんだけでも許しがたいのに、うちの高校のツートップを独占とか呪われるぞ。付き合ってるとか言わないよな」

「陽菜はどうでもいい。先輩とは登校の時一緒するだけだ……残念ながらな。まあ、好きに呪ってくれ」

「許せん、部員一同でリンチしてやるから剣道部の部室に顔出せ」と言って笑う。

 たまには剣道部の方にも顔出せよな、という意味なんだろう。

 ……本気でないと信じたい。

 うちの学校、部活は特に強制はないので、俺は帰宅部だ。剣道はまあじいちゃんの道場だけでいいかな、と。けど、たまに気が向いた時や人手が足りない時など、幽霊部員として剣道部に遊びに行く。

 うちはかなりユルい感じなので教師も特に目くじらを立てることもない。

「ま、いいか。んじゃ今日は遊びに行くよ。首を洗って待ってろ」


 放課後となる。

 約束どおり剣道部に顔を出すことにした。

 体育館裏手から、ちょっとした林を抜けて道場棟に至る。

 剣道部は道場棟という体育館と別な独立した練習場を持っているのだ。

 今は見る影もない弱小だが、大昔は強豪校だったそうな。

 「頼もうっ」声を掛けると中に居た部員がこっちを見た。

 「よっ、遊びに来たぜ」そう言って軽く手を上げた。


 ゆるめの部活なのであまり基礎練習とかせず、順番に地稽古――試合形式の稽古をやるだけである。当然、うちの部はあんまり強くない。

 まあ、楽しいことは楽しい。こういうのもありだと思う。高校の部活なんて楽しんでなんぼだろう。

 剣道部の部活を終えると、一人家路をたどる。

 ちなみに陽菜は友達とどっかに遊びに行った。学校行く時は一緒に行くが、こういう風に帰るときは別々の時も結構ある。

 黄昏時の帰り道。長く伸びる影。

 突如、雰囲気が変わった。

 まるでありふれたこの街角が、通学路が異界に変わったような錯覚を覚える。空気の匂いが違う。

 あたりを見回すが、周りには誰も人が居ない。特段、何か変わったことがあるわけではないのだが、違和感だけが募っていく。

 この感覚は、どこかで……。ここの所毎晩……。

 その時、地面に大きな円に囲まれた複雑な模様が浮かび上がった。 

 なんだあれは? 魔方陣?

 うっすらと光る魔方陣の上が陽炎のように揺らめき、その上にふっと黒ローブの老人が現れた。

 深くかぶったローブの中の顔は夕闇の中にとけ、よく見えない。

 しわがれた声が響く。

「いつまで経っても召還に応じぬから、こちらから来たわ。一言、召還に応じると口にすれば良いものを、手間を掛けさせおって」

 ここのところ、酷く聞き覚えのある声。

「お前は夢の中の……」

「ふむ観測したとおり、驚くほどにマナが薄い世界だな。さっさと用事を終えて帰るとしよう」

「用事って……俺を異世界に呼ぶことか? その為に来たのか?」

「呼んだのは、目的で無く手段じゃな。もう、おまえが来る必要は無い」

 枯れ木の様な老人の目が爛々と輝いた。老人の口から聞き取れない音の響きが流れる。

 突如、老人の体が崩れ、黒い霧のように変わってゆく。

 黒いローブだけが地面に落ちた。

 異様な雰囲気に逃げ出したいのだが、体を動かすことが出来ない。

 突如、金縛りにあったように体がピクリとも動かない。

「なんだこれ」

 その黒い霧が近づき、俺の体にまとわりつき、そして、俺の中に染みこんで来た!

 頭の中から声が響いた。

『ふふふ、この無数にある世界の中、唯一見つけた、霊的にわしにほぼ近似である肉体だ。

 うむ、なじむ、これぞ我が体に相応しい。この体、貰うぞ』

 ぞわりと悪寒が体を満たす。

 何か、体から絞り出されるような、感じたことの無い異様な苦痛にさいなまれる。

「つまりお前は、俺の体を乗っ取る為に異世界に呼びつけようとしてたのか」

『くくく、まあ、その通りじゃよ。

 わしはな、年を取る度に若返りの秘術を五度繰り返してきたが、その方法は、もう限界でな。六度目には耐えられそうにない。

 そこで新たな方法を使う事にしたのだ。わしと酷似した資質を持つ若い肉体を乗っ取るという方法をな。だが我が世界の人間にはおらなんだ。

 だが、次元を超え、無数の世界を魔法で探査し、ようやく、限りなく我が輩の資質に近い体を見つけたのだ。

 そう、貴様だ。この体、わしに引き渡せ。

 抵抗しても苦みが長引くだけじゃぞ。意識を手放し楽になるが良いぞ』

 奴の声とともに、意識が薄まり、自分が消えていくおぞましい感覚につつまれた。

 体の感覚が、支配権が失われていく。

「ふざけるな!」俺は心の中で叫び声を上げる。

 剣道とは心を鍛える道である。じいちゃんの言葉が心に浮かんだ。

 目をつぶり、暗闇の中で拡散する意識を集中させ、心の中に一本の剣を作り出し、一体化させていく。

 強く、堅く、鋭く。心の中の剣を研ぎ澄ましていく。

『う、何という、抵抗。はて、この世界では魔道は全く発達していないはずだというのに、このような抵抗力を持つ者が居るとは』

 負けない。

 体の支配を巡る精神の綱引き。

 大魔道士だかなんだか知らんが、この体は俺が生まれてからずっと鍛えてきた俺の体だ。

『ふむ……。このまま定着に失敗する訳にはいかんな。長き時を生きた偉大なるこの我が輩の精神が、マナの祝福も薄いこのような世界で尽きて良いはずがないであろう。

 奥の手を使うか。必要になるとは思わなんだな』

 絶対に渡さないっ。必死に刀をイメージすることに思考を注ぎ込む。強く強く。

 消えてたまるか。

 そうだ、何とかして心を奮い立たせなければ。

 心を、どうやって奮い立たせる? 力が欲しい。

 どうしよう、歌でも歌うか。何が良いだろうか。

『生意気な小僧。貴様、名前を名乗れ』

 時代劇の敵役のような古風な口調に、歌い出しに名を問う問答のある俺の名前の元ネタの主題歌を連想し、

  紅堂鈴之助だっっっ!

 ノータイムでアニメ主人公の名前を反射的に答えていた。

 主人公の名を叫ぶと同時に、心の中に名曲と名高い主題歌が高らかと流れた!

 メロディーと共に心に力が湧き上がる。

『ぐ、何という意思力』奴の力が少し弱くなる。

『ふふふ、しかしここまでだ。精神へ問いかければ、答えを思い浮かべてしまうのは魔道の修行をしたことのない人間として仕方なかろうな。だが、この精神世界の闘争の中で真名を知られるという事は、すべてを支配されると同義と知るが良い』

 俺の精神の中、力強いメロディーが鳴り響く暗闇の中で、何かおぞましい魔方陣が浮かび上がった。

『終わりだ小僧』

 老魔道士が、何か決定的な手段を取ろうとしている事を感じだ。

『我、深淵の黒の魔道士フィスタル・アルハザラスの名に掛け、我がすべての魔力を持って命ず。汝、紅堂鈴之助、その精神をこの陣に封ずる。この身体を我に明け渡せ』

 俺の心の中に強制的に魔方陣が浮かぶ、それが見えた。なんだコレ何を見せられている?

 途端、恐ろしい程に巨大な力が世界に満ち、俺の心の中に浮かぶ複雑な魔方陣に流れ込んでいくのを感じた。

 この世界にかつて存在したことが無いのではと思わせるほど大きな力が……無駄に流れていくことを感じた。

『ふふふ、この身体貰ったぞ』

 ついには力の奔流が止まった。

 それと共に俺を拘束する力が消滅した。

「だからやらん。これは俺の体だ」

『は?』

 困惑が伝わってくる。

 俺は身体の綱引きは終わった事を理解した。今、この身体の支配権は俺にある。

『おま、き、何だとっ。な、何故、名前による支配が効かないっ⁉』

 大声でがなり立てる魔道士。

『あ、あぁぁぁ、回廊が、回廊が閉じるっ。は、早く、魔方陣の中へ』

 ふと、後ろを見ると、フィスタルが現れた路上の魔方陣の光が薄れて消え、異界と化した風景が日常へと帰還してゆく。

「人の心の中で怒鳴るな、うるさい。黙れよ、フィスタル・アルハザラスさん、だっけ」

 ぴたりと声が止まった。

 完全に。

 黙れとは言ったが、ホントに黙られると話にならないんだが。

「あー、怒鳴らなければしゃべって良いよ。事情も知りたいし。……というか、素直だね」

『真名を使って命じられてはな。精神だけの寄生体としては逆らえん』疲れたような声が心の中に響いた。

「えーとそういう事なら正直に答えて欲しいんだけど、また、体を乗っ取ろうなんて事は?」

『ここでここから支配権を逆転するのは難しいな。魔力を取られた。こちらの真名も知られた。お前の名を知ったとしても、元々お前の身体で、ここはおまえの母なる世界だ。くそ、せめて、わが世界なら……貴様が召喚に応じていたら、まだ何とかなったかもしれんのに』

「それは良かった」

『良くない。なんたることだ。大魔道士たる我が輩が貴様のような有象無象に全ての乗っ取られるとは。これは世界の損失と言っても良い』

 勝手に人の体に入ってきて、勝手に失敗したくせに何を言ってるんだか。

「知らんがな。というか、どうやったらあんたは出て行くの?」

『無理だ。我が輩の精神は貴様の精神に寄生して辛うじて生きながらえているに過ぎない。完全に融合しておる。魔法で無理に分離しようとすれば我が輩は消滅する』

「こっちにメリットが無いんだけど……。なんとか引き剥がせないかな」

『貴様は……黒の大魔道士と呼ばれた我の知識を自由に引き出せる。これはメリットで無くてなんであろう? 

 我が輩の居た世界なら、すべてを投げ捨ててでもそれを欲する魔道士はあまた居るだろう……』

「うーん、あまり魅力を感じないなぁ」

 誰かに相談したくても内容が、頭の中で他人の声がする、ではなぁ。

 伝説の黄色い救急車で病院に連れて行かれる未来しか思い浮かばない。

 俺の頭がおかしくなっただけというのが、一番無難な回答なのだから。

 だが、目の前に落ちている黒いローブがこの出来事が俺の妄想でない事を示している。

 ローブを手に取ってしげしげと眺める。

 なめらかな手触り。その吸い込むような漆黒の色は何の素材で出来ているか分からない。買ったらとても高そうだ。

 異世界の魔道士の幽霊に取り憑かれ、か。

「先輩にお祓いして貰うかは後で考えよう。そのうち消えるかもしれないしな」

 とりあえず、俺はローブを鞄に突っ込だ。


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