第30話  本当の顔(★)

「しかしなぜジョルジュ・ケーマスはフィンを選んだのでしょう。正直に申しますと、フィンは些か不向きなように思うのですが」


 グイードの疑問に、ギルバートはカチンと気に障った。


「何が言いたい? フィンはやや小柄で痩せぎすだが、可愛らしい容姿だと思うぞ」


 ある可能性が考えられるようになり、ギルバートのフィンへの情は加速的に上がっているようだ。そんな主の気持ちを察したグイードは、困ったように笑って首を横に振った。


「フィンの容姿にケチをつけているわけではありませんよ。ただ短期間で貴族令嬢に仕立て上げるのであれば、年相応の体つきと長い髪の方がいいのではないかと思っただけで」


 痩せこけている上に髪の短いフィンでは、貴族の令嬢としてトランティオの元へ送ってもすぐに違うと見抜かれてしまうのではないかとグイードは言う。ある程度の教育を叩きこむため少しの間手元に置くだろうが、令嬢らしい長さに髪が伸びるほどの期間ではないはずだ。

 フィンは商品ではあるが生きた人間なのだから。生かし続けるためには金が掛かる。養女斡旋を商売としているならば、元手は極力抑えたいに決まっている。

 だが、


「お前は忘れている。卸先はトランティオだぞ。未成熟な体つきに伸ばし途中の髪など、あのエロジジィの好みではないか。なあ、ヒュー」


 心底嫌そうに顔を顰めてそう告げたギルバートに同意し、ヒューと呼ばれた男も首肯した。


「それについてなのですが、どうも彼女が選ばれた理由は、シスター・アマンダの策略があってのようです。それとその女は秘密裏に準備を整えていたらしく、つい先ほど孤児院を退所し、しかも生家に口をきいてもらい修道院からも抜けたようです」

「なに?」


 ヒューの調査によると、アマンダとジョルジュは元々知り合いだったらしい。


「今は亡きカーベリー侯爵とジョルジュ・ケーマスは、学院時代からの友人関係にあったようです。二人とも素行は褒められたものではなく、共に謹慎や停学を繰り返し、ギリギリで卒業した報告書に在ります。悪友…と言っても家格に差があるので、カーベリーがジョルジュ・ケーマスを顎で使っていたみたいですが。学院卒業後も都合よく邸に呼びつけられていたらしいので、アマンダとはカーベリーが結婚した後に知り合ったのでしょう。些細なことから面倒なことまで、いろいろと押し付けられかなり迷惑していたようです」


 意図してか、はたまた偶然か。再会したアマンダとジョルジュは、互いの利益のために手を組んだ。

 フィンを手に入れる目的のために。


「そうなると、カーベリーの事故も偶然ではない可能性が出てくるな」


 現在手を組んでいるのなら、過去もそうだったかもしれない。良い様に使われることにほとほと嫌気がさしていたジョルジュと、結婚前から愛人を囲い自分を顧みない夫に憤っていたアマンダ。

 背後に控え立つグイードを見上げて問いかけると、彼も同意だと頷いた。


「はい。その辺りも調べ直すよう後ほど指示を出しておきましょう。フィンの救出の方が最優先ですから」

「ああ、頼む。それとアマンダの行方も調べてくれ」


 絶対に何かを企んでいるはずだというギルバートの言葉に従者二人が恭しく首を垂れると、それまで黙って見ていたジューンが堪え切れずに口を挟んだ。


「ちょいとアンタたち。そっちだけで話を進めないで、アタシらにもわかるように説明しとくれ!」


 ムチムチの腰に手を当ててプリプリと怒るジューンと、彼女の隣でコクコクと頷きながらこちらを睨んでいるメアリー。

 そんな二人にギルバートはわざとらしくニヤリと不敵な笑みを見せ立ち上がる。


「質問の途中だったのに、放っておいて悪かったな。…さて先ほど訊いたゼオンなる人物が誰か。ヒントは”ヴォルターの弟”だ」


 ヒントを聞いた途端、二人は大きく目を見開いた。

 このザイザル国に住まう民で、ヴォルターの名を知らぬ者はいない。良くも悪くも変化を望まなかった先王時代に比べ、今現在この国が暮らしやすく変革されつつあるのは、偏に現国王ヴォルターの力によるものだからだ。

 彼は幼い頃から勉学に励み、他国との相違を視認するために近隣諸国への留学を繰り返し、その際に築き上げた広い人脈を駆使して隣接する諸外国との講和を結び、貿易において高い国益を生み出すようになった。

 国交以外も農産業や医療、技術魔術など多方面に置いて、外国で得た知識をもとに試行錯誤を繰り返し、より国を発展させるべく尽力する賢く有能な王。だが、さすがにすべてを一人で成すことは不可能だ。

 そこにもう一人、そんなヴォルター王を支え共に力を尽くす人物、それが王弟のゼオンなのだ。


「お前さん、それって…」

「そうだ。バアサンたちが思い浮かべている人物は、十一年前、まだ一歳になったばかりの娘を何者かに勾引かどわかされた。侵入した賊の一人を息のあるまま捕らえはしたが、魔道具で術が掛けられていたらしく、牢の中で死亡したため犯人はわからずじまい。捜索は一応今でも続けられているが、関係者のほとんどが絶望視している。いや、していたんだ」

「まさかそれが……フィン?」


 驚きに強張るメアリーの呟くような問いに、ギルバートは力強く頷いた。


「攫われた姫は、父親譲りの暁に瞬く明星の瞳と、母親譲りのプラチナブロンドだった。そして王家の血が濃い者には体のどこかに生まれつき国花を象った痣…刻印があり、もちろん王弟であるアデルオルト公爵にもあるが、その息女フィリア・・・・にも左肩の後ろに淡い青ヴァラが咲いていたという」


 だからジョルジュの正体が判明した今、居場所を突き止めてフィンを取り戻せばいい。幸いにも、どんな理不尽な理由でフィンを取り上げても、誰も文句を言えない”身分”という最強のカードをギルバートは持っている。

 しかしそう考えるギルバートに、青褪めたメアリーがふるふると首を振って否定した。


「ダメよ。フィンを助け出しても公爵様の娘だって証明できない」


 ショールの端をぎゅっと握り締めた手が小刻みに震えている。


「なぜ? 王族の血を引く証の刻印があり、年齢も当てはまる。更に付け加えるなら、フィンの澄んだ夜空のような紫紺に瞬く明星の瞳は、アデルオルト公爵と同じものだ」


 引き合わせればすぐにでも親子だとわかるだろうと告げたが、メアリーは首を振るばかりだ。


「ダメよ! だって……だって今のフィンには、ヴァラの痣なんてないもの!」

「!」


 少女の悲鳴のような叫びに、ジューン以外の者は驚きに目を瞠った。

 ギルバートの説明を求める視線を受けたジューンが、泣き出したメアリーをやんわりと抱き寄せ、まだ僅かに湿り気を残す髪を撫でながら苦し気に顔を歪めて話し出した。


「…メアリーの言うのは本当さ。フィンの痣は今は見る影もないよ」

「なぜ?」

「数年前に焼かれちまったんだよ。外ならぬアマンダによってね」


 それを聞いた瞬間、あまりにも強い怒りのせいなのか、ギルバートの視界は真っ赤に染まった気がした。





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