第29話 青い花(★)
「慰問に来たシスターの中に、アマンダがいた…」
そして慰問の後に急に出て行ったクラリス。
クラリスは昔、幼いフィンと共に孤児院に身を置いた。そして六年前までは甲斐甲斐しくフィンの面倒を見ていた。
母親ではなく、まるで側仕えのように。
メアリーの話を聞いて難しい顔で黙り込んでしまったギルバートの様子を横目に、グイードは脈絡のない質問を口にした。
「メアリーさん。フィンをよく知るあなたにお聞きしたいことがあるのです。フィンの体のどこかに、花の形をした痣はありませんでしたか?」
大体これくらいの大きさだと言って、人差し指と親指で輪を作る。大人の男性の大きな手指で作った輪は結構な大きさだ。
その質問の意味が解らないジューンとメアリーは訝し気に眉を歪めたが、意味を解したギルバートだけは、ハッとした表情でグイードを振り返り、そして勢いよくメアリーに顔を向けた。
「あったか⁈」
がしっと細い肩に掴み掛り、鬼気迫る面持ちでメアリーを見下ろしてくるギルバートに、メアリーはたじろぎコクコクと頷いた。
「な、なんでオジサンたちが知っているのかわからないけど、あったわ。多分それくらいの大きさの咲いたヴァラの花に見える痣が。肩の後ろ辺りに」
王家の紋章にも描かれている国を代表する花、ヴァラ。幾重にも重なるドレスのよ
うな螺旋状の花弁が解けるように開くと、それはそれは甘く馨しい香りを放つ。
花の女王とも称されている。
そんな咲き誇る青いヴァラに見えるフィンの痣は、何気にメアリーのお気に入りだった。なぜか誰にも言ってはダメだとクラリスや院長に固く口止めされていたので、痣の存在は孤児院でもメアリーを含めた数人しか知らない。
メアリーの返答に何かを確信した二人が視線を交わして頷き合う中、苛立った口調で割って入ってきたのはジューンだ。
「なんだいなんだい。こちとら全く話が見えないよ!」
カウンターの端をバンバンと叩いて説明を求める彼女に、ギルバートは恐怖を感じるほど真剣な目を向けた。
「俺たちもまだ憶測の段階なのだが…。聞いても決して騒がず、誰にも言わないと約束するなら」
そう条件を出すギルバートに、ジューンとメアリーは一度顔を見合わせ、真摯な表情で頷いた。
「フィンのためなら約束するわ」
「あの子は大事な弟子だからね。不利になることをするつもりはないよ」
二人の覚悟を見極めたギルバートとグイードは、何から話すべきかを逡巡した後、今までの話の中で一度も出てこなかった名を口にした。
「二人はゼオンという名に覚えはないか?」
「ゼオン? …孤児院にはいないわね」
メアリーが隣を見上げると、ジューンも記憶にないと首を振る。
「狭い町だからね。その名の住民はこの町にはいないと断言できるよ」
年齢はわからないけれど、昔からこの場所で薬屋を営む魔女と呼ばれる老婆は、記憶にある限りはゼオンという名の人物はフィンの近くにはいないと答えた。
そんな二人の返答をギルバートはわかっていたとばかりに頷くと、チラリと隣に立つグイードに視線を送った。
「よろしいので?」
「ああ」
察しのいい部下から確認するように訊かれ、ギルバートは躊躇いなく答えた。
青年二人の遣り取りの意味が解らず、口を閉ざして様子を窺っている女性たちに構わずにグイードは勝手口へと向かうと、ドアを開けて軽く口笛を吹いた。
「イドはどうしたんだい?」
不思議顔で訊ねるジューンの声を黙殺し、ギルバートは腕を組んでグイードが戻るのを待つ。二つになった足音が近づいてくると、老婆と少女の目に緊張と警戒の色が現れた。
なぜならば、すぐにドアを閉めて戻ってきたグイードの後ろには、黒いマントに身を包んだ小柄な人影があったからだ。
その人物はギルバート以外見えていないのか、彼が座る椅子の足下に跪き、深く頭を下げて敬礼した。
「お呼びと伺いました」
「ああ。して調査の結果は?」
「は。ジョージなる人物の正体がわかりました」
見知らぬ人物の突然の登場に困惑している女性二人を放置したまま、ギルバートと謎の人物との会話は続けられる。
「そうか。それで?」
「は。”ジョージ”は偽名で、本名はジョルジュ・ケーマス。ケーマス子爵家の現当主で、トランティオ公爵とはかなり遠縁とはいえ縁戚関係にあるようです」
遠戚関係に在ろうとも、トランティオは無条件に手を貸すタイプではない。子爵位のジョージ改めジョルジュ・ケーマスは、貴族界での足場を確固たるものにしようと考え、トランティオとの強い繋がりを欲したのだろう。
少女が好きなトランティオに新しい妻や妾を差し出さざるを得ない、または差し出すことで益を得られる家に養女を斡旋することで金を稼ぎ、ついでに弱みを握った上位貴族家にも便宜を図らせる。
早い話、法の網を掻い潜った人身売買だ。
おそらくここフォルトオーナ領の領主マックか、もしくはその父親である前領主が過去にジョルジュの商いの客になったことがあるのだろう。きちんと調べればトランティオの結婚歴にフォルトオーナ出身の妻の名が出るかもしれない。
———養女として引き取られ、すぐに嫁いでいった娘の名が。
だから、頼みごとを断れない立場の領主は、ジョルジュを友人と称して孤児院へ案内したのだろう。
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