第13話 旅の目的(★)
ジューンに手伝いを強要され、グイードと共に勝手口から建物の裏に出てきたギルバートは、
日陰には木枠と筵で作られた台が設えてあり、端には正体不明の茶色く歪な果実らしき物が、白っぽい粉を纏わせて干されている。
「まったく、なんで俺がこんなことまでしなきゃならないんだ」
空いているスペースに慣れない手つきで張り薬を並べて行くギルバート。その隣には当然のようにそれを補助するグイードがいる。
「たまにはいい経験でしょう? 邸に戻ったらもう二度とこんなことは出来ないのですから」
くすくすと笑う側仕えの言葉に、ギルバートはチッと舌打ちをしつつも休まずに手を動かした。
「それにしてもフィンには驚きましたね」
「ああ」
フィンの名前を出されたことで、直りつつあったギルバートの機嫌が再び下降した。苛立ちを表すようにギリリと歯ぎしりする。
「あいつは一体なんだ? 初めて会った時はハティに向かっていくなどと無茶なことをした上、イドの大怪我にも怯まない精神力を見せたりもしたのに、今日会ったあいつは婆さんの陰にビクビク隠れてまともに話もしない。しかももともとガリガリだったのが、数日会わないうちに更に骨と皮だけみたいになっちまって。しかもあんなに小さいくせに十二歳だと? 俺たちが十二の時はどうだった?」
「ギル様、フィンは女の子なのですから、私たちと比べるのは些か無理が…」
最後の一枚を丁寧に並べたグイードが横に首を振ると、少し考えたギルバートはグイードと同じ榛色の髪とアンバーの瞳を持った、ギルバートの乳兄妹でもある女性の名前を比較対象として挙げた。
「ならばお前の妹のルシェアならどうだ? 彼女が十二だった頃と比べても、フィンは驚くほどに小さく幼いだろう?」
「ええ。育った環境のせいでしょうが、フィンは同年代の少女と比べると二回りは小柄だと思います。ですがギル様の仰る”幼い”はあの子には当てはまらないでしょう」
近くに置いておいた大鍋を持ち上げ振り返ったグイードの目は、真剣な光を湛えている。
「確かにルシーは小さい頃からダンスも刺繍も上達が早く、人見知りせず社交的であったため、成人前から貴族令嬢としてどこに出しても恥ずかしくない、優秀な妹でした。しかしそれは整えられた環境の中で、学び、身につけなければならない義務を背負った貴族家の娘ならば当然のこと。逆に平民で、付け加えるなら親のいない孤児院育ちの子供が、二年前から数日に一度、たった数時間手伝いに来ている薬屋で、目と耳だけで盗むように学び得た知識を十分に活用できていることを、私は称賛いたします」
「!」
グイードの言葉に目を見開き固まったギルバートを残し、彼は微苦笑すると井戸へと向かった。こちらに背を向けた姿勢で水を汲み上げ、藁を束ねただけのたわしでガシガシと鍋を洗い始めた。
彼の家は子爵家だが、以前はかなり火の車だったらしい。使用人も数人しか雇えず、身の回りのことのほとんどを自身で整えていたと苦く笑いながら話してくれたのを覚えている。家庭教師など付けてもらえず、勉強は本が僅かしかない書庫で一人でしていたそうだ。
やがてグイードとは六歳年の離れた妹ルシェアが生まれたことにより、母親のロディアがギルバートの乳母として雇われたことが切っ掛けで、少しずつ風向きが変わったらしい。今では裕福とは言い難くとも、使用人が身の回りの世話をしてくれる、ごく平均的な貴族の生活がおくれているようだ。
だからこそルシェアは勉強に苦労したグイードとは違い、真っ当な教育を受けることができた。
ギルバートはそんなグイードの生い立ちを思い出しながら、後ろ姿をしばし見つめたのちに小さく嘆息すると、彼の隣に屈み込み、膏薬がへばりついた箆をたわしで擦り始めた。
「…悪かった。嫌なことを思い出させた」
ばつが悪いような表情でぼそりと謝罪するギルバートを横目に見たグイードは、我慢できないと言わんばかりに吹き出した。
「な、なんだよ! 俺はっ……いや、俺があまりにも世俗を知らなすぎるのがいけないんだよな」
肩を落として力無く箆を洗うギルバートに、グイードは首を横に振った。
「いいえ。貴方は悪くありませんよ。それに知らないことを知るためにこうして各地を旅しているのではないですか。立場のためではなく、ご自身の見識を広げるために、自分の目で見、耳で聞き、肌で直接感じ取ってきた経験は、この先の貴方にとって決して無駄にはならないでしょう」
フィンのような孤児の実状も、旅によって知り得た情報の一つなのだとグイードは言った。
「そうだな。ならば知った以上放置するという選択肢はない。フィンや他の子供たちが、孤児院でどのように暮らしているのかを調べる必要がありそうだ」
すべての人のために何かできるとは、今のギルバートには口が裂けても言えないけれど、偶然出会った小さな子供…しかも命の恩人でもある少女のためならば、尽力するのも吝かではない。
たわしを握り締めたまま今にも飛び出していきそうな様子のギルバートに、背後から
「意気込んでるとこ悪いけどね、何するにしても、それを終わらせてからにしておくれ」
二人が弾かれたように振り向けば、いつからいたのか
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