第12話  いい子

 フィンは何気なく言ったつもりだった。けれどその途端、ジューンをはじめギルやイドも表情を失くし、鋭い視線でフィンを凝視した。

 黙ったまま見つめてくる三人にフィンは困惑してオロオロすると、ジューンが深く溜息を吐き、フィンの肩を抱き寄せた。


「そうかい。だから暫く手伝いに来なかったんだねぇ」


 肩ほどしかないフィンの灰色の髪を撫でながら、彼女は辛そうに眉根を寄せた。


「ジューンさん?」


 苦しそうな彼女を心配したフィンがギルやイドを振り返ると、彼らも顔を顰め、険しい目つきでフィンを見ていた。


「……のか?」

「え?」


 絞り出すようなギルの低い声が聞き取れなくて訊き返すと、彼はキッと目を吊り上げてフィンを問い詰めた。


「反省室に入れられるのはいつもなのか⁉」


 浴びせられた怒声に無意識に体が竦む。

 返事をしないフィンに焦れたのか、ギルは更に質問を重ねた。


「食事ももらえないのかっ? もしや体罰もされてるんじゃないか?」


 何が引き金でそんなにギルを怒らせてしまったのかわからないフィンは、ジューンにしがみついてカタカタと震えるばかりだ。


「ギル。そんなに大きな声で詰め寄っては、フィンが怖がってしまいますよ」


 そんなフィンの様子に気が付いていたのはイドで、やんわりとした口調で彼を諫めた。


「そうだよ、ギル。問い質したくなる気持ちはわかるけどね。ほらフィン。そんなに怯えないで出ておいで。ギルは怒ってるわけじゃないんだよ」


 ジューンに諭されてもすぐには信じられず、ビクビクと彼の様子を窺った。


「大丈夫だよ。ギルはただお前さんが心配なだけなんだ」

「心配?」


 何か心配されることがあっただろうかと首を傾げて考えるが、フィンには思い当たらない。

 表情から察したのだろう、ジューンは微苦笑を浮かべ、幼子にもわかるくらいに噛み砕いて説明した。


「ギルはね、ここに来た翌日から、イドを助けてもらったお礼をきちんとしたいと言って、お前さんが来るのを待ってたんだよ。アタシもね、そんなギルの気持ちはわからなくもないから、すぐに孤児院に手伝いの依頼を出したんだ。けど、理由も教えられず、ただ『フィンは今は行けません』と言われ断られてばかりさ。そして今日、やっと来たと思ったら、お前さんは酷い顔色の上にガリガリに痩せてるじゃないか。孤児院は貧しいけど、領からの補助金や寄付金、それに子供たちが頑張って稼いでくる手伝い賃だってあるだろ? 子供たちを飢えさせるほどカツカツなわけじゃないし、病み上がりって感じでもない。どうしてお前さんは来れなかったのか、どうしてそんなにも痩せちまったのかって不思議に思っていたところに、反省室の話が出たもんだからね。恩人がそんな目に遭わされていたのかと、ギルは一気に頭に血をのぼらせたのさ」


 わかったかい? と覗き込まれ、フィンはほんの少し頬を染めて小さく頷いた。


「で? どうしてそんな所に入れられたんだい?」

「…」


 ジューンに訊ねられても、フィンは口を開いたり閉じたりするだけで、なかなか話しだせない。理由が帰宅時間が遅かったからだと言ったら、きっと青年二人は責任を感じてしまうだろう。

 精一杯考えた挙句フィンはかなり遠回しに、


「規則、を破ってしまったから…」


 と、告げた。


「ああ、なるほどねぇ」


 それだけですぐに理解してくれたジューンは一度ギュッとフィンの肩を抱いて離れ、パンパンと手を叩いて場を切り上げた。


「よし、話はこれで終いだよ。随分と時間を食っちまったからね。ほらほら、ギルとイドにも手伝ってもらうよ!」


 声高にそう言うと、フィンには粉薬を一服分ずつ油紙に包むよう指示し、ギルには先ほどの張り薬を外の日陰に干すように、イドには大鍋や鏝を井戸で洗うよう言いつけた。


「なんで俺たちまで…」

「まあまあ、いいじゃないですか。、ジューンさんにはお世話になっているんですから、たまには手伝いくらいしましょう」

「二刻も大鍋を掻き混ぜたのは手伝いにならねぇのか?」


 まだ納得できないらしくぶつくさと文句を言いながらも、ギルはさっきフィンが作ったばかりの張り薬を慎重に持ち上げ、膏薬がこびりついた大鍋を抱えたイドに宥められながら勝手口へと向かっていった。


「じゃあフィン、悪いが薬包は頼んだよ。いつも通り一包五フラム5gだから、中匙に摺り切り一杯でね」

「はい」


 さっそく作業に取り掛かるフィンの手元を確認してから、ジューンは大きめの笊を抱えて裏庭へと出て行った。

 静かになった作業部屋で、黙々と薬包を作っていく。フィンはこういった単純作業が結構好きで、ひたすらに手を動かす。

 集中していたせいか、あっという間に薬包は出来上がった。誰の薬なのか注文票を確認し、わかるように木の皮を編んで作った籠に入れ、店のカウンターの棚に置いておいた。


「おや、もう終わったのかい。相変わらず早いねえ」


 作業部屋に戻ると、薬草園でいくつかの薬草を摘んできたらしいジューンが、勝手口から戻ってきたところだった。

 暫く彼女と共に摘んできた薬草の処理を行ったり、作業部屋の掃除をしたりしていたが、なかなかギルたちが戻ってこないことを不思議に思ってジューンに訊ねると、作業が終わったと同時に用があると言って出掛けて行ったと教えられた。


「お前さんは気遣いができるいい子だけれど、それが時には裏目に出ることもあると覚えておいた方がいいねぇ」


 陽がだいぶ傾いた頃、暇を告げ帰る間際にジューンのそんな言葉を聞いたけれど、フィンには難しくてよくわからなかった。





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