第9話 再会
「?」
メアリーの質問の意味が分からず首を傾げると、彼女は激昂してフィンに詰め寄り、骨ばった細い肩を掴んだ。
「なんで黙ってるの! なんで我慢してるの⁉ いつもアンタばっかり。こんな…こんなにガリガリになるまでこんな所に閉じ込められて! なんで助けてって言わないの!」
「……誰に?」
困惑して訊き返すと、メアリーの顔がぐにゃりと歪んだ。
「そうね! アンタがツラい思いをしてるのを見て見ぬふりをしているわたしたちじゃあ頼りにできないわよね!」
声は怒っているのに、彼女の両目からはぼたぼたと大粒の涙がこぼれだした。
「わたしだって…、わたしたちだってわかっているのよ。フィン一人が不当に扱われてるって。ちゃんとわかってるの。でも…」
言葉を詰まらせたメアリーは暫く俯いたままでいたが、袖口でグイッと涙を拭うと顔を上げ、やや乱暴にフィンの肩を押して距離をとった。
「院長様がアマンダさんに、フィンを反省室から出すようにって言ってらしたから、きっともうすぐここから出られるわ」
いつも通りツンと顎を上げたメアリーは、二つに結った髪を揺らして反省室を出てゆく。
ドアが閉まる寸前、フィンは咄嗟にドアに駆け寄ると、隙間から訝し気に窺うメアリーに躊躇いつつも声を掛けた。
「あの、メアリー。久しぶりに話が出来て…よかった」
ありがとうと告げるとメアリーは眉間にシワを寄せたが、ややして「そう」とだけ残しドアを閉めた。
ガチャリといつも通り鍵が掛けられる音が響いたが、なぜか不思議といつもみたいに心が冷える感じはしなかった。
*
メアリーが教えてくれた通り、その日の午後にはフィンは反省室から出された。
『ちゃんと反省できたようですね』
普段あまり表情のないアマンダが、そう言って優しそうに微笑みながらドアを開けてくれたが、その瞳はぞっとするほどに冷たかった。
それから三日は外出させてもらえず、その間孤児院の作業を手伝っていたが、漸く院長から許可が下りて薬屋の手伝いに行くと、ジューンはフィンを見るなり目を瞠り、ぎゅっと胸に抱き締められた。
「お前さんは…まったくなんて姿なんだい」
「姿?」
どこかおかしいのかと自分の格好を見下ろす。今日着ているのは、いつもと同じおさがりのシャツとズボンだ。いつもよりちょっとだけウエストが緩かったけれど、紐でキュッと結んできたので落ちることはないだろう。
そう告げるとジューンは苦く笑ってフィンを離した。
「さあさ、とにかく中へ入ろうか。今日手伝ってもらうことはもう決まっているからね」
ジューンに先導されて店の中に入ると、奥から聞き覚えのある低い声が聞こえてきた。
「婆さ~ん、これあとどのくらい混ぜてたらいいんだ⁉」
「…チッ、もう弱音を吐いてるのかい。使えないねぇ」
吐き捨てるように独り言ちたジューンは、カウンターを通り越して、調薬する作業部屋へ向かった。
「?」
その後ろをついて行ったフィンが目にしたのは、火の点いた竈の前で、ぜぇはぁと息を切らしながら柄の長い大きな
「はぁ~~~~~~、やべぇ。両腕がだるくて持ち上がんねぇ…」
「なんだいなんだい、大の男が情けないねぇ」
鍋の中身を杓子で掬い上げて確認するジューンに、男は反論しようとして顔を上げ、フィンがいることに気が付いた。
「お? お前あの時の小僧じゃないか」
にかっと笑った男は億劫そうに立ち上がってフィンの前まで来ると、無遠慮にわしわしと頭を撫でた。
「あの時は本当に助か…? ってお前、随分痩せたんじゃないか?」
じろじろと顔を覗き込まれて居心地が悪くなったフィンは、頭をぶんぶんと振って男の手から逃れると、急いでジューンのそばに移動した。
「フィン、さっそくだけどこれの仕上げを頼むよ。それとギル。フィンは女の子なんだから、手荒にするんじゃないよ」
「へ?」
間抜けな声を出して目を丸くしている男…ギルにかまわず、フィンはジューンの言葉にこくんと頷くと、備品の置かれている部屋へ向かった。
(あの人、あれからずっとここにいるのかな?)
必要な品をいくつか引っ張り出し、先ほどの部屋に戻る。任されたのは携帯用の湿布薬の仕上げだ。キレイに洗って丁寧に解いた襤褸布を台の上に広げると、以前ジューンに教えられた長方形の形に切ってゆく。
それが済むと今度は先ほどの大鍋の中身を器に移し、どす黒く青臭いそれを一掬い布の上に乗せ、まだ熱く柔らかいうちに
「随分手慣れたもんだなぁ」
「ひゃっ」
集中していたせいか、いつの間にか男が後ろから作業を覗いていることに気が付かなかった。驚いて振り返ると、腰を屈めていた男の顔がとても間近にあり、フィンは更にビックリした。
思わず取り落としてしまった鏝を、男は難なくキャッチする。
「おっと。悪いな、驚かせちまったか」
男は鏝を渡しながら、頬をポリポリと掻く。
フィンがそろりと鏝を受け取った後も彼はその場から動かず、あ~う~と唸って視線を彷徨わせていたが、覚悟を決めたような顔で唐突にゴメンと謝られた。
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