第7話  おかしな子供(★)

 明らかにサイズの合っていない着古した上着とズボン姿の、灰色の髪と紫紺の瞳を持つ痩せた平民の子供。

 その子供が取り出したのは、大人の片手サイズくらいの細身のガラス瓶だった。中にはややとろみを帯びた薄黄色の液体が入っている。

 滅多に見ることさえない上級ポーションが出てきたことに驚き、無意識に手が止まっていた。


「オジサン、早く!」


 急かす子供の声に我に返る。この子供がどうしてそれを持っているのか聞いてみたいが、今はそれどころではない。

 男…ギルバートはケガに触らないよう慎重に服を裂く。すると胸の中央から脇腹へ、斜めに走る三本の爪痕が現れた。

 三本のうち二本は傷が浅いようですでに出血は止まっていたが、一番酷く抉られた一本からは未だどくどくと鼓動に合わせて鮮血が溢れている。


「オジサン、ここ。この深い傷のところが汚れてるから、水で流して!」

「ああ」


 子供が指をさした所は、確かに土汚れと獣の毛が入り込んでいる。浅い呼吸を繰り返すだけで意識がない相棒に、一応水を掛けるぞと告げてから、左手を傷の上に翳した。


「清浄なる水よ、ここへ」


 中指の指輪に命じると、嵌められた魔石が青く光り、手のひらにひやりと冷えた気配を感じた直後、水は傷口に流れ落ちた。

 流し込む魔力の量を…水量を加減しながら傷を洗う。汚れや血をすべて洗い落として水を止めると、ポカンと口を開けてギルバートを凝視する子供と目が合った。


「小僧どうした? きれいになったぞ」

「え? …あ、うん!」


 早くしろと声を掛けると、パチパチと夢から覚めたように瞬きをした子供は、慌てて瓶の蓋を開け、中身をゆっくりと傷口に掛け始めた。


「この傷薬はね、ギルドに卸してる効力強めのやつなの。だからすぐに血は止まると思うし、痛みも和らぐはず」


 子供は物知り顔で説明しているが、多分ギルバートの方が効力については詳しいだろう。過去に数回、それに助けらたことがあるのだから。

 ポーションを掛けた傷口は内部から肉が盛り上がり、見る間に出血は止まって傷も塞がった。しかし失われた血液が戻るわけではなく、依然イド…グイードの意識は戻らない。


「目を覚まさない…まさか手遅れだったのか?」


 不安になるギルバートに対し、子供は背負っていた籠を下ろすと腕を奥に突っ込み、中から布で包んだ何かを取り出した。


「きっと大丈夫だよ。息も少し落ち着いたし、顔色もさっきより悪くないから。でもせっかくコレがあるから、一応…」


 そう言うと子供は布の中から取り出したツヤツヤの赤い実をナイフで一切れ切り取り、器用にも空になったポーションの瓶に果汁を絞り入れた。


「何をしている?」


 ちゃぽちゃぽと瓶を振る子供に訊ねると、知りたいこととは違う答えが返ってきた。


「傷薬はすごく苦いから、ポムルで甘くすればなんとかイケると思うんだけど」


 なにやら難しい顔で独り言ちたのち、子供はグイードの頬をぺちぺちと叩きだした。


「オジサン。ちょっとだけ起きて、これ飲んで」

「おい! 何をする気だ!」


 慌てて止めようとしたが、その前に呻き声を上げてグイードの意識が戻った。


「うぅ、ギ…ルさ……ごぶ…じ…で?」

「イド!」


 薄っすらと瞼を開け、掠れた声で安否を問うグイードに、ギルバートは掴みかかる勢いで彼の名前を呼んだ。


「オジサン、これ飲むと少しだけ楽になると思うから、口開けて」


 険しい表情のギルバートにかまわず、子供はグイードに果汁を飲むように言うと、ほんのわずかに開かれた唇の隙間に、少しずつ少しずつ垂らすように含ませた。


「⁉、~~~っ」


 嚥下したことを報せるようにグイードの喉がコクリと動いた直後、それまで死にそうだったのが嘘のようにカッと目を見開き、両手で口元を抑えジタバタと暴れ始めた。


「な! なんだ⁉ どうしたんだ⁉」


 転げまわり悶えるグイードの様子をただ事ではないと感じたギルバートは、空き瓶を腰の物入れにしまっている子供を睨みつける。


「小僧! 何をした!」


 詰め寄って腕を掴むと、子供は一瞬びくりと震えて首を竦めたが、ギルバートの顔を見あげ、なぜかホッと息を吐いた。


「さっきの傷薬は飲んで良し掛けて良しってジューンさんが言ってたから、瓶にちょっぴり残っていたのを飲んでもらったの」

「じゃあなぜイドはあんなに苦しんで…」


 二人は同時に悶えるグイードを見下ろすと、ヒクッヒクッと痙攣する彼は息も絶え絶えにか細い声を漏らした。


「ま、まずぃ…」


 ……どうやら味に問題があったようだ。

 一時でも疑ったことを気まずく思い、ギルバートはそろりと子供に視線を向けたが、疑われた当人はフムフムと思案顔で頷いていた。


「少しは元気になったみたいだけど、ポムルじゃ美味しくはならないんだね」


 味付けの実験は失敗に終わったらしい。

 その後子供の提案で、距離のある医院ではなく、薬屋に向かうことになった。ギルバートはまだ動けないグイードを背負い、子供の後をついてゆく。

 森を抜けるとすでに空は橙に染まり、住処に戻る鳥たちはギルバートたちとは逆に森へと向かって飛んで行った。


「ジューンさんは優しいから、きっと力になってくれるよ」

「お前は薬屋に住んでるんじゃないのか?」


 まるで案内して終わりみたいな口調を不思議に思い、弟子なのだろうと訊ねると、子供はしょぼんと下を向き、小声で「まだ」と答えた。

 あまりの落胆ぶりに悪いことを聞いてしまったのかと考えたが、子供はきゅっと顔を上げ、まっすぐにギルバートの目を見て言った。


「でも成人したら弟子にしてくれるってジューンさんと約束したから。いろんな薬を作れるようになって、立派な薬師になるんだ」


 夕日に朱く照らされた子供の瞳は、強い決意に輝いていた。





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