友達になろう
「そもそも友達って何だろうな? 知り合いでも友達と呼べるのか? どの程度の信頼関係を保つことができたら友達と呼べるのだろうか?」
時羽はずっと疑問に思っていたことをぶつけてみた。たしかに、友達の定義は人それぞれで曖昧だ。自分が友達と思っていても相手がそうは思っていないかもしれない。学校が一緒だからとかクラスや部活が一緒だから一時的に仲良くしていて、卒業したら一生会わないかもしれない。それでも、友達としては成り立つのかもしれない。
「時羽君って結構理論的に考えるタイプなんだね。自分が友達だと認識したら、友達だと思うけどなぁ。私の場合は、知り合いは全員友達だよ」
「その理屈で行くと、友達100人できるかなという歌通り、100人くらいあっという間に友達ができるな。俺は、幼少の頃からあの歌詞に疑問を抱いていたんだ。そもそも小規模な学校だと100人もいない学校だってあるし、学年で考えても2クラスくらいしかない学校だと100人というのは極めて厳しい。むしろ、友達づくりを強制されているような気がしていて、あの歌詞にはどうにも違和感を感じていたんだ」
真面目な時羽の解釈に雪月は吹き出して笑う。
「本当に、理屈で物を考えるんだね。その突っ込み視点、結構好きだなぁ。……時羽君、ずっと私の寿命のことで悩んでいたでしょ」
「別に……」
気づかれていたということに不意を突かれる。
「椅子に触れただけでも、強い思いは感じ取れるんだよ。だから、それだけ私のことを心配してくれたんだね」
「俺は店員として、少し気に留めていただけで……」
聞くまでもなく俺の心の中は、雪月に読まれていた。だから、公園に寄ろうなんて言ったのかもしれない。最近、そのことばかり考えていたから念が椅子や机に残ったのかもしれない。
「答えから言うと、私は死ぬ時期を知っているよ」
「うちの母親が教えたのか?」
「最初、中学生だった私が取引したいと言ったら、時羽君のお母さんにうんと反対されたの。でも、その理由を話したんだ。時羽君のお母さんは、残りの寿命が尽きてしまうのが18歳の3月になってしまうということも教えてくれた。でも、気持ちは変わらなかったから」
幻想堂としては未成年でも本人の強い意思があれば、取引に応じる。それはマニュアル通りだった。相手に諦めさせるために、残りの寿命を教えることもある。それもマニュアル通りだ。それでも、取引を望む客はいる。目の前にいる健康そうな女子高生がまさに強く望む客で、取引によって長生きができなくなった見本のような客だった。ただ、それだけなのに……時羽は胸が痛む。
「時羽君ってちょっと目つきが悪いだけで、ものすごく優しい人だよね。人付き合いが苦手なだけなんだよね。結構、時羽君推しの女子もいるんだよ。これは、心を盗み見た結果だから確実」
「慰めはよせ。それよりも、君の生きる長さは高校3年が終わるころだ。なんとかしようとかは思わないのか?」
「思わないよ。私はいつも通り勉強して運動して友達と話して、普通に暮らす。元々人よりは短い寿命だったわけだし。だから、春はあと2回しか迎えることはできないし、夏と秋と冬はあと3回か。でも、3回あったら結構楽しめると思うんだよね。終わりがあるから、無駄にできないって思うでしょ。でも、あと1回のほうが映画やドラマ的視点から見ると、切実に終わりを迎える感じがしていいのだろうけれどね。私の場合はあと3回あると思うと視聴者視点だったら割と長いと思われそう」
「おまえは、ドラマの主人公じゃないし、充分3年は短いと思う」
ぼそっと一言放つ時羽の一言に対し、明るく前向きな雪月は、落ち込んでいる様子はなかった。
「私、お母さん死んだじゃない。だから、今は一人暮らしなんだ」
「お父さんは?」
「転勤族で、高校転校するの大変だからって一人で暮らしている。たまに父親は帰ってくるし、お金に不自由はないけどね」
「今度、うちに遊びに来てよ。無駄に部屋は広いからさ。泊まっていってもオッケーだよ」
本当に泊まっていってもいいような素振りを見せる。
「俺は、おまえと一晩一緒にいたいとも思わないし。遊びに行きたいとも思わないから」
初めて友達のような存在から、遊びに来ていいと言われた時羽は、小学生のように内心うれしい気持ちになっていた。心のどこかで、罠かもしれないとは思っていたが、ほんの20パーセント程度だ。時羽にしてはネガティブ思考が20パーセントなのは珍しい。
普通の高校生男子ならば泊まっていってもいいという言葉に喜びを覚えるのだが、時羽の場合、友達ができないと思い込んでいるので、遊びに来てよ、という言葉のほうが喜びが大きかった。精神年齢は小学生並みの時羽金成は、人間国宝級に鈍感で純粋だった。
「友達になってよ」
時羽にとって恋愛の告白以上にうれしい言葉を雪月が投げかける。
「でも……他にもクラスメイトいるだろ」
「余命いくばくもない私のお願いを聞いてくれないの?」
幻想堂の店員としては耳が痛い話だ。目の前の少女の寿命は幻想堂のせいで確実に短くなってしまった。普通余命が短いというのは、持病があって、闘病して、という泣ける映画によくある話だが、雪月が死ぬときは急だろう。徐々に弱まって死ぬことはなく、急に心臓が止まることを時羽は知っていた。だから、近々死ぬという実感は本人も周囲にもないし、誰にも知られることはないだろう。突然来る別れを知って友達になるというのもなんとも言えない気持ちだった。
「わかったよ、つーかもう友達じゃね?」
小さな声で時羽が言うと、雪月は抱き着いて喜ぶ。
「ありがとう。私の青春、一緒に楽しんでもらう相手が決まった!!」
「でも、なんで俺なんだ?」
「私、目つきが鋭くて涼し気な目元の人が好きなの。あと、実は友達が欲しいと思っている外見と内面のギャップ萌えで時羽君に決めました」
実は友達が欲しいと思っているというフレーズに、時羽はどんな愛の告白よりも気恥ずかしい気持ちになっていた。雪月が言う時羽の涼し気な目元は熱帯地方のように熱くなっていた。普通、こう言われると愛の告白だと思う男子も多いが、時羽にその認識はゼロだ。
晴れて二人は友達になったのだった。
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