あと3年の彼女は心の映像を盗み見る
響ぴあの
寿命を扱う少年と心を盗み見る少女
少年老い易く学なり難し。光陰矢の如し。
時間は大切に使いたいものだが、時間の使い方次第で有効的にも無駄にもなってしまう。でも、無駄な時間も意外と大切だったりする。
時羽は喫茶店幻想堂の経営者の息子であり、休日や放課後はウエイターとして喫茶店で家業を手伝っている。
家業は普通の喫茶店ではない。時間、言い換えると寿命を買い取るのだ。寿命を買い取りするというと驚く人が多いのだが、時間を買い取りすると言い換えると売ってもいいと思う客が多いらしい。自分の願望のために自分の時間を少しくらいならば売ってもいいかな、そう思えてくるのが人間の性だ。つまり、ものは言いようだということだ。
話を時羽の通う高校に戻そう。教室という人がひしめき合う共同空間に時羽はいた。まさに今、放課後で、時羽はため息まじりに机にひじをついて考え事をしていた。適当な口実を作ってさぼれないだろうかと色々思案していたが、不器用な時羽はいい考えが思いつくほど頭の冴えた人間でもない。
「何ぼーっとしてるの?」
クラスメイトの
時羽は自分をかなりの嫌われ者だと思っているし、クラスでも目立たない地味な役回りを担っている人間だ。そういった役回りがいないとだめだろ、と本人は言い訳しているが、単に要領が悪く特別秀でたものを他人の前では発揮できていないだけだったりする。
それに比べて、雪月風花は機転が利き、話もうまい。いつも輪の中心にいるような明るいタイプだ。高校に入学して、席が隣で委員会も一緒になってしまったので、必然的にいつも一緒にいることが多くなってしまった。彼女の見た目ははっきり言ってかわいらしい。意外と男子に人気があるらしく、告白されたとかそういった話はよく噂で聞く。
時羽といえば、陰気な性格と協調性のなさが相乗効果を成して、人と距離を置くバリアを張ってしまう故、人をあえて寄せ付けない。当の本人は嫌われ者だと思い込んでいるのだが、嫌われているというよりは、近づいちゃいけないという雰囲気をかもし出していると言ったほうが正しい。単に、本人は気づいていないだけで、時羽を好きだとしても告白できないで終わってしまうパターンが多いだけだ。
「プリント提出していないでしょ?」
「わりぃ。まだ終わってない」
「ったく仕方ないわね。明日までにはやってくること」
雪月はまるで教師のように腰に腕を当てて説教モードだ。正直うざったいと時羽は感じていた。きっと俺のことが嫌いで、この女は当てつけにがみがみ言ってくるのか、と時羽は解釈する。実にネガティブ思考だ。そして、この女にだけは時羽バリアが通用しないことに時羽は閉口していた。きっと空気を読まずに人の領域に平気で入ってくる性格がバリアが通用しない原因なのだろう。
「これから、図書室で図書委員の仕事でしょ」
放課後もうるさい女子と一緒に委員会活動だと思うだけで、時羽のため息が自然とあふれる。時羽はさぼることを諦めた。故に静かな時間を諦めた。委員会があるから、今日は家業である喫茶店のほうはあんまり手伝えないなと思う。
無口で愛想はないが、争いごとを好まない時羽は、委員会の仕事に向かうべく席を立つ。委員会のファイルを持参している彼女は真面目で気が利く。言い換えると、雪月は面倒な仕事を全部引き受けてしまう仕事のできる人間だ。しかし、なぜか同じ委員会に入ることになり、時羽が巻き込まれてしまう事態になった事の発端について説明しよう。あれは、数日前のことだった。
「誰か、図書委員に立候補する奴はいるか?」
教師の質問とは裏腹に、時羽の心はここにあらずだった。ホームルームで放送委員だとか環境整備委員などの委員を決めていたのだが、全員必須ではないので、関係ないことだと思っており、うとうとと密かに寝ていたのだ。
ふいに、脇を何者かに触られた。そこは彼にとって非常に敏感なゾーンとなっているので、眠りから一気に覚めた。くすぐったいと思い、思わず手をあげる。
「脇に何かついてるよ、虫だったりして」
隣の席の雪月が親切に教えてくれたらしい。虫は時羽の超苦手分野だ。時羽は一気に触れられた左手をあげて、何かいないかくまなくチェックをする。そして、いたら全力で追い払うべく神経を集中させた。
「時羽が立候補するのか」
は……? 教師の一言に、立候補なんてしてないし、何の話だよと時羽は焦る。
「私も図書委員立候補します」
「雪月もやってくれるのか、その心意気感心だ」
教師は二人を褒める。
はめられた……? 寝ているのをいいことに、脇を触り、何かついていると誘導し、確認していることが挙手をしたことにつながってしまったらしい。時羽は間の抜けた顔をしていたと思うが、自分の顔は見ようと思っても鏡でもなければ、見ることができない。きっと、俺のことを陥れようとこの女は図書委員にさせたのだろう。面倒なことに巻き込まれてしまったと時羽は深いため息をつく。ここでもネガティブ思考全開だ。
「立候補なんてしていま……」
言いかけたが、時羽の声が小さすぎてクラスの騒音にかき消される。だめだ、声が届かないし、次の委員を決め始めている。強制的に図書委員をしなければいけないという流れだ。もしかして、クラス全員が俺を陥れようとしているのか? そんなことがあるはずもないのだが、時羽はそうとしか考えられないと見えないバリアを作る。時羽バリア発動だ。
クラス全員の前でやりませんなんていう勇気もなく、時羽はそのまま図書委員をすることになってしまった。なるべく楽をして生きることをモットーとしている時羽には災難な出来事だった。
「図書委員頑張ろうね」
目の前の雪月が、にこりとほほ笑む。何かたくらんでいるのだろうかと時羽は警戒心を強めた。
「不満でもあるの? 話をする放送委員より合ってるんじゃない? 本、好きでしょ?」
面倒なことを背負いこむ雪月に巻き込まれた時羽はなすすべもなく苦い顔をした。だいたい本といっても、漫画本しか読まないが、そこを否定する元気も出ない。
「時羽君って喫茶店でバイトしてるの?」
放課後委員会の仕事で図書室のカウンターに座った二人だが、静かな図書室でも相変わらず声のトーンが高い雪月がつめ寄って聞いてくる。
「ここは図書室だ。静かにしろ」
小声で話す時羽は人差し指を顔の真ん中に立てる。
「えーっ、どうせ誰もいないんだし、そんなこと言わないでよ」
時羽はあまり喫茶店のことには触れられたくなかったので、あえて冷たく言い放った。しかし、なぜそんなことがわかったのだろう。中学も違うし、同級生に家業の話はしていない。少し不思議な気がしたが気に留めることもなく、時羽は窓の外を眺めた。
外からは、サッカー部や野球部などの運動部の生徒の声が聞こえてきた。まるで同級生なのに別な世界の人間のように感じていた。時羽自身、運動が特別好きでもない。努力して毎日スポーツに打ち込める同級生のことがある意味うらやましくもあった。しかし時羽は、毎日こつこつ努力することが嫌だという面倒くさがりな性格とマイナス思考が災いし、青春という1ページに参加することができないでいた。そして、青春への憧れを密かに胸に抱く。嫌われ者の高校生という存在だと勘違いしているが、実際青春に参加できずにいることは事実だ。
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