ベルが鳴ったら2

@kazu0518

ベルが鳴ったら2

またベルが鳴った。

…大きなトビラが開く。

新しい「誰か」が来たということだ。


どうしてここに来ることになったのか?

次は「天国」へ行くのか「地獄」へ行くのか?

そんなことを以前は考えていた。

だが、今はもう考えることを止めた。


迎えが来て、どちらかに連れて行く。

それまでの時間をここで過ごすだけだ…。

俺にはどうすることも出来ない。


今しがたの新しい来客にいつもの説明をする。


───死んだ理由は聞かない。

   迎えが来るまで好きに待て───


そして壁にもたれていつものように目を閉じる。

眠るわけじゃない。

ただ時間が経つことを…、迎えを待つだけだ。


…ほら、またベルが鳴った。


黒いヴェールに包まれた迎えが、その来客を連れて行く。…黒か。可哀想に。

白いヴェールの迎えなら天国だったのに。

大きく開かれたトビラの向こうへ吸い込まれるように消えていく。


あんな背中を何度見送っただろうか…。

いつから何も感じなくなったのだろうか…。


大きなトビラが静かに閉じた。


扉が閉じたのを見届けて、再び目を閉じる。

すると、すぐにまたベルが鳴った。

また新しい「誰か」が来るのだ。


…そこには少女が居た。


それ自体は珍しいことでもない。

だけど、俺と目が合うと彼女は微笑んだ。

エクボが印象的だった。

どうしてそんな風に笑えるんだろう?と、

頭をよぎった。それに少し驚いた。


少女は近づいて来ると、俺の前に立った。

座っている俺から少し見上げる背の高さの少女は微笑んでいた。

立ち上がるともちろん立場は逆になり、少女は俺の顔を下から見上げていた。


いつものように伝える。


───死んだ理由は聞かない。

   迎えが来るまで好きに待て───


少女はまた微笑み、エクボを作った。

なぜ、そんな風に笑えるのか…。


いつものように座り、壁にもたれて目を閉じる。

あとは迎えを待つだけだ…と。


すると、何か違和感があった。

すぐに目を開ける。目の前には赤いリボン。

少し長い前髪に赤いリボンが結び付けられていた。結び付けた本人も目の前にいた。


「…何してるんだ」


少女は微笑む。少しだけイタズラっぽく。

気にしないことにして再び目を閉じると、

また同じように違和感を感じた。

少女はまた自分の持っていたリボンを俺の髪に結び付けていた。今度は青だった。


なぜか少し可笑しくなって少し笑いながら「こらっ」と少女の額《ひたい》を指で突付いた。

少女は楽しげに笑った。安らいだ気がした。


すると少女は自分のお腹を手でさすった。


「…もしかして、お腹空いてるのか?」

『……』

「何か食べるか?」


パァッと表情が明るくなり、走り寄ってきて抱き着いて来る。その後で俺を見上げていた少女の笑顔はエクボが可愛くて。


「迎えを待つためのこの世界では、何でも望む物が食べられるし、飲める。何がいいんだ?」


少女は首をかしげるだけだった。

見かねて、色々な案を出す。


「まだ子供なんだしコーヒーより紅茶か?

それよりもジュースがいいか?」


嬉しそうな顔を見ると、あぁこれが良かったのかと安心してしまう。


「ハンバーグ、パスタやカレー。魚でも肉でも何でもある。パンもご飯も好きに選べる」


また嬉しそうな顔を見て、嬉しくて。

結局、何を食べたんだっけ?

少なくても…、少女と同じメニューをテーブルで向かいあって食べたのと、初めてのことだが楽しかったのは覚えている。

そしてデザートにアイスを食べたことも。


食事が終わると、隠れんぼや鬼ごっこをして、それから本を読んであげた。

少女は目をキラキラさせて話を聞いていた。


ふと、読んでいる途中で腕に何かが触れた。

何かな?と見てみると、少女が寄りかかって眠ってしまっていた。幸せそうな表情に、不思議と自分が優しくなれる気がしてしまう。


疲れなんか俺には存在しない感覚なのに、隣に佇む眠り姫と共に少しだけ眠ることにした。

爽やかな風が心地良い。

寝返りをうった少女がコテンと床に寝転がる。

仕方ないな…と手を伸ばした時、を見た。


少し洋服のめくれた腕や腹部のは、見間違うことは無い。


────沢山のあざだった。


虐待?体罰か…、そうすぐに思えた。

そういえば少女は言葉を発していない。

虐待やストレスで、言語を発することに障害を抱えることは少なくない。


可哀相にと少しは思う。

だが、俺は所謂いわゆるウェイターでしかない。

メニューから選ぶのは…、選択肢を決めるのは俺ではないのだ。

せめてこの少女に迎えが来るまでそばに居よう。

白いヴェールの迎えを。

それからそばに座り、少女の寝顔を見守った。


そして…とうとうベルが鳴った。


少女の迎えが来たのだ。

虐待なんてツラい目にあったんだから、せめて天国で幸せに暮らして欲しいと思った。

あのエクボの可愛い笑顔で居て欲しかった。


立ち上がって、扉の方を向く。


───黒いヴェールの迎えが立っていた。


少女の迎えは黒いヴェール。

つまり行き先は「地獄」だった。


…どうしてですか?

この少女は虐待を受けて、ここに来た…。

なのに、なぜなんですか…。


…でも本当は理由なんかわかっていた。

少女は…自殺だったのだ。

生前の徳や業を天秤にかけた時、何よりも重き業とは自らの命を断つことなのだ。


それでも…虐待から救われることもなく、逃げるために命を断つことがそんなにも悪いのか?

生きていれば虐待から救われたのか?

俺はどうしたらいい…?


黒いヴェールの迎えは少女の手を取り、トビラへと歩き出した。


「誰か」を迎えに来て、連れて行く。

それは見慣れている…はずなのに。


手を引かれている少女がこちらを何度も何度も振り返るのが見えた。

泣いてしまいそうになるのを耐えながら、見ているしかなかった。


そう、見ているしかないのだ…。


少女は俺に、泣きそうな顔で手を振った。

一緒に動かした口の動きは間違う筈もなく。

『バイバイ、バイバイ』だった。

喋れない少女の発した聴こえない言葉。


「あっ…」


───エクボの可愛い笑顔がよぎった。


「頼む、待ってくれ!!」


必死で叫んでいた。何度も何度も何度も。

声が二度と出なくても喉が張り裂けても構わないから、届いて欲しいと願った。


それでも、黒いヴェールの迎えが少女を連れて行く速度は変わらなかった。

待つわけなんかないし、それが無理だということは誰よりもわかっていた。

でも、理屈じゃないんだ。


「行くな!ここに居てくれ!頼むよ…」


それでも黒いヴェールも少女も止まらない。

トビラのすぐ近くまで来ていた。

何度も振り返る少女は、今何を思うのだろう。


声にならない声をあげて、俺は泣いていた。

手を伸ばしても届かないのに、掴もうと手を伸ばした。


トビラが開く。


少女はこちらを振り返り、確かに聴こえる声でこう言った…。


『…ありがとう』


そのまま黒いヴェールと少女はトビラの中へと吸い込まれるように消えていき、トビラは閉じた。


静かだった。今まではこれが普通で。

でもそんな静けさがとにかくうるさかった。

だから邪魔したくて、声をあげて泣いて、それから叫んでいた。


どれくらい経っただろうか、またベルが鳴った。

また新しい「誰か」が来るのだ。


「…ありがとう、か」


少女の笑顔は忘れない。

あんな笑顔が増やせるだろうか?

いきなり愛想よくなんて無理だけど…

いきなり完璧になんて出来ないけど…


ひとつ決めたことがある。

ここに来た「誰か」が喜んでくれるようにもてなそう。せめてここに来た今だけでも。


身なりを整えて、新しい「誰か」を待つ。

長い髪が邪魔だな…と感じて、後ろで束ねる。

赤と青のリボンで。


そして「誰か」へと話かける


「ようこそ、何か注文はございますか?」






























   

   





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