最大限の敬意
この時のウルイの<返答>は、まともな礼儀礼節を教わってもこなかった者としては本当に頑張ったと言えるだろう。使っている言葉などは必ずしも適切ではなかったかもしれないが、粗野で獣同然に暮らしている狩人としては十分以上のものだったと言えるかもしれない。
それは、彼が、
『他者を敬う』
ということができる者だったからだろう。この時、彼にできうる最大限の<敬意>を、崖の上から自分を見下ろす<王子>に対して向けたからだった。
もちろん、<王子>の態度は気分のいい物ではなかった。本当に鼻持ちならない<偉そうな奴>だとつくづく思った。けれど、だからといってまずは相手を敬う姿勢を見せないというのは、
『息子の一人だ』
と言ってもらえたことを蔑ろにする行為だとウルイは思った。だからこそ、まずは最大限の敬意を払った。
なのに、当の<王子>の方は、高貴な生まれであるはずにも拘らず、
『相手を敬う』
という姿勢がまったく見られない人物だった。
ウルイが向けた敬意を、まるで塵のように蔑ろにしたのだ。
「そうかそうか。お前が余計なことをしたということだな。我が誇り高き軍の名誉を穢す粗忽者など死ぬべきだったのだ。それを貴様が余計なことをしたばかりに私がこうして煩わされているということか。
実に忌々しい」
本当にくだらないことに関わる羽目になったとばかりに、<王子>はそう吐き捨てた。
瞬間、頭を下げたクヴォルオの表情が険しくなり、ウルイも眉をしかめ、そして、
『こいつ……! 殺してやる……っ!!』
イティラの中に噴き上がる感情。
キトゥハを理不尽に鉄の棒で打ち据えたどころか、自分の危険を顧みず兵士の命を救ったウルイを侮辱するその態度。
とことん相手を蔑ろにするその在り方が、イティラの中でもうほとんど消えかけていた両親や兄姉に対する憎悪を激しく励起し、結びついてしまった。
たぶん、この<王子>だけならここまでにはならなかっただろう。しかし、この王子の在り様が両親や兄姉を連想させてしまって、まさに、
『怒髪天を衝く』
状態を作り出してしまったのだろう。
冷静に考えれば彼女の両親や兄姉は、この王子とは何の関係もない。普通ならまったく別の話として考えられることだ。けれど、<感情>というものは時に道理をまったく無視するのもまた事実。
だが―――――
だが、今まさに飛び出そうとしていたイティラの鼻に入り込んできた、<匂い>。
「―――――っ!?」
嗅覚というのは実に脳に強い刺激として働きかけるという。
怒りに我を忘れそうになっていた彼女の頭をガツンと殴るかのように、意識をまったく別の方向へと向けさせる程度には。
『この匂い、まさか……っ!?』
そう思った彼女の目が、<王子>に向かって奔る影を捉えていたのだった。
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