エゴ
人間は、裸で一人、自然の中に放り出されれば数日と生きられない貧弱な生き物だ。だから互いに支え合い力を合わせることで生き延びることができる。
ゆえに人間の場合は、
『役に立たないなら死ねばいい。殺してしまえ』
などという考え方をしていれば、
『理由さえあれば人間を殺していい』
という考え方をしてれば、その<理由>が拡大解釈されて当初の目的や理念から逸れて歪んでいくということが、歴史上でも何度もあったはずである。
なので人間は人間を殺すことを禁忌とするが、野生に生きる獣達は基本的に<個>で生きることができてしまうため、
『老いて自分の力だけで生きることができなくなればそこで命も終わる』
が成立するのだろう。狼達が、
<生きる力を失いつつある弱った個体>
を狙うのは自然の摂理というものだった。ドムグのような極端な個体は、そのバランスを壊す可能性もあった。
決してそんなことを意図したわけではなかったものの、イティラとウルイも、すでにこの森の一員として溶け込んでいたのだろう。
そして今回も、<銀色の孤狼>が、ここの狼達を追い払ってしまったりしては、いろいろと厄介なことになる可能性がある。
なにしろどんなに強くても孤狼一頭では狩れる獲物の数も知れている。そもそも必要とする獲物も一頭分で済んでしまう。するとやはり、本来は<狩られる側>としての数のバランスが保たれていた獣達の数が増えすぎてしまう可能性が出てくる。
それでは困るのだ。
もちろん、ここで孤狼が狼達を追い払ってしまって一時的にバランスが崩れたとしてもそれ自体を<自然な成り行き>と考えることもできるかもしれない。
とは言え、イティラもウルイもそれは望んでいなかった。今までの状態で上手くいっていたのだから、掻き乱されては困る。
言ってしまえば<エゴ>ではあるものの、生きる上ではそれはどうしてもついて回るものだ。
そもそも、
『自分が生きるために他の命を食らう』
こと自体がエゴであるとも言えてしまう。
銀色の孤狼がここを当面の狩場として決めて他の狼達を追い払うこともエゴであるなら、どちらのエゴが通るのかは、それ自体が<成り行き>任せなのだろう。
狼達は、縄張りを守りたい。
イティラとウルイは、今いる狼達との方が良好な関係を築けていた。
だから両者の思惑は一致し、
『銀色の孤狼に抗う』
こととなった。
「……!」
ウルイは、茂みの中に陣取り、地面に倒れた若い狼の喉に今まさに牙を突き立てようとしていた孤狼目掛けて矢を放った。
もちろん必殺の威力を込めたものだったが、
「!?」
孤狼も危険を察知したのだろう。跳び退いて矢を躱したのだった。
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