心持つ者としての<器>
しかし、何の脈絡もなく、突然、ヒステリーを起こしたかのようにも見えるイティラの態度だが、実際にはこれまでもそれを匂わせる言動は取ってきたので、ウルイがそれに対して的確に応えてこなかったことが原因ではあった。
だからイティラばかりが悪いわけでもない。
『育ててやってるのに!』
と思われがちな事例かもしれないものの、ウルイの方も別に、
『育ててやってる』
とは考えていない。
そもそも、人生の先達としてイティラを受け入れる決断をしたのはウルイの方である。
その上で、獣人といえど基本的なメンタリティは人間とそれほど乖離していない。
もちろん、
『人間にも獣にもなれる』
ような種族が人間とまったく同じなはずはないものの、少なくとも人間に近い姿をしている時には人間寄りの考え方もする。振る舞いもする。
キトゥハの娘が、人間のフリをして人間の男と夫婦として生活を営んでこれたのもそのおかげだ。
イティラのそれも、
<一人の男性に想いを寄せる年頃の娘>
としては別に珍しくもない情動だったと思われる。ただそれが、ウルイには十分に理解できていないだけで。
しかしその一方で、<ふて寝>という形で横になったイティラだったものの、
『う~……言い過ぎたかな……? ウルイに嫌われたらどうしよう……』
などと、一時の感情に身を任せてしまったことを少し後悔もしていた。
かように、互いに相手を一方的に<悪者>にしてしまわないからこそ、二人の関係は、<イティラが望んでいるもの>とまでは言えないにせよ良好なそれを維持できていたのだろう。
実際、今回のイティラの<ヒステリー>についてもウルイはさほど<理不尽>とも捉えず、
『そういうもの』
として受け止めていた。イティラの恋心に対しては<朴念仁>ではあっても、キトゥハに倣い、人としては誠実であるがゆえに。
『自分がイティラと一緒に暮らす決断をした』
という事実について、彼は目を背けたりしなかった。
相手が、<感情>というものを持つ存在である以上、こういうことはある。そもそも、ウルイ自身、キトゥハの下にいた時には、大人に対する不信感を隠そうともしない自分を受け止めてもらっていた。自分はそうやって感情を受け止めてもらっておいて、なのにイティラの感情については受け止めないというのは、さすがに自分勝手が過ぎないか?
ということだ。
そして、今また、イティラも、自分の感情をウルイに受け止めてもらってきたからこそ、
『言い過ぎたかな?』
と考えることができていた。
心持つ者としての<器>は、受け継がれていく。
それを丁寧に伝える努力を惜しまなければではあるが、少なくとも、キトゥハからウルイへ、ウルイからイティラへと、順調に受け継がれてはいるのだろう。
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