食の楽しみ
<山菜と血のスープ>もそうだが、<肉の串焼き>についても、味付けは塩のみで、しかも肉自体、強い獣臭があり、おそらく<まともな料理>を食べ慣れた者にとってはとても食べられたものではなかっただろう。
けれど、少女はそのどちらについても、一言も不満を口にすることなく綺麗に食べ切った。
彼女に備わった本能が生きることのみを優先し、<食の楽しみ>などは慮外としたからだと思われる。
それでも、少女にとっては『美味かった』ようだ。
いや、どちらかと言えば<充足感>と表現するべきか。
「……」
手にした椀の重さにさえ耐え切れないかのように地面に下し、少女はうつらうつらと体を揺らし始めた。腹が満たされたことで安心して、睡魔が襲ってきたらしい。さっきまでのそれはただの<気絶>であって<睡眠>ではなかったということか。
自分のそれより遥かに立派で分厚い毛皮に包まれ、加えて焚き火がもたらすぬくもりが、また一層、少女を眠りへと誘う。
得体の知れない人間と一緒にいるというのに、このまま眠ってしまったらどんな目に遭わされるか分かったものではないというのに、抗えない。
『痛いのとか…辛いのは…イヤだな……』
もう明瞭でない意識の中でそんなことを思いつつ、少女は眠りへと落ちてしまったのだった。
キリキリと、硬度さえ感じるような冬の空気の中、はらはらと舞い落ちる雪を被り、まるで雪人形のようになった狩人が、しっかりと地面を踏みしめながら歩いていた。
辛うじて空に残った明るさに浮かび上がる、毛皮に覆われて背中が、不自然に膨らんでいる。
あの少女を背負っているからだ。
慣れていない者ならもうすでに闇と変わらない森を、彼は危なげなく進む。
狩人にとってはそれこそ目を瞑っていても歩ける場所ということなのかもしれない。
そして、辛うじて残っていた明るさも失われて完全に闇となった時、それでも彼の目は、闇の中にぼんやりと浮かび上がる影を捉えていた。
暗闇の中でも分かる、ほとんど<放棄された小屋>のようなそれが、狩人の<家>であった。
手を掛けて引くとミリミリと決して心地好くはない音を立てながら扉が開き、さらに濃密な暗闇が覗くそこへと躊躇うことなく入っていく。
しかし狩人はやはり戸惑うことなくまとっていた毛皮を脱いで床に置き、そこに少女を寝かせて毛皮で覆い、自身は部屋の隅に無造作に積まれていた丸いものを手にして囲炉裏のようなところの脇に腰を下し、丸いものを囲炉裏のようなところの真ん中に並べ、さらにおもむろに懐から平たい石を取り出してその間にやはり懐から取り出した短い木の棒のようなものを挟んで、それを一気に引き抜いた。
瞬間、ジアッ!と小さな音がして、木の棒が燃え上がる。
どうやら<マッチ>のようなものらしかった。
そして燃え上がる棒を囲炉裏のようなものの中に並べた丸いものの間に置くと、みるみる火が燃え移っていく。こちらはどうやら、<松ぼっくり>に似たもののようだ。
それらが燃えているところにまずは小枝をくべ、さらに薪をくべていく。
実に手馴れた様子。彼にとってはこれが当たり前のことなのだというのがよく分かったのだった。
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