死の境界

「……」


突然現れた狩人は、自身が仕留めた狼に更に矢を向け、完全に息の根が止まるのを待った。ここで油断して近付くと逆襲されることもあるのを知っているからだ。


しかし、完全に致命傷だったことで、ほんの数分で、雪の上に倒れ伏した狼は死んだ。


一つの命が消え失せた無慈悲な現実がそこにあった。


だが、狩人の警戒はまだ解かれない。自身が射た狼は確かに死んだが、まだ<獣>はいる。


実は狩人が先に見付けたのはそちらの<獣>の方だった。


とは言え、小さく、正直、毛並みも魅力的ではなかったことで敢えて様子を窺っていただけなのだ。もう動くこともできないらしいそれを狙って他の獣が現れるのを。


つまり狩人は、少女を<囮>に使ったというわけである。


「獣人……か?」


狩人は、それが鼠色の毛皮に包まれてはいるものの人の形もしている獣人であることにようやく気付いたらしかった。体を丸めて蹲っていたことで、よく分からない獣にしか見えなかったのである。


精々、おかしな色をした狸か何かだと。


すると、狩人の呟きが届いたのか、獣人の少女の耳が反応し、彼の方へと向けられた。


そして、最後の力を振り絞って体を起こし、彼を見た。


「獣人の、子供……」


日は傾き始め、雪に塗れているとはいえ、明らかに鼠色をした毛皮に包まれつつもそのシルエットは人間の子供のそれに近いものだった。


「……」


少女は、言葉もなく、力のない目で狩人を見詰めた。


どうしてそんなことをしたのか、少女自身も分からなかった。ただ無意識のうちに体を起こして、狩人にはっきりと姿を晒したのだ。


もしかしたらそのまま矢で射殺されていたかもしれないというのに。


実際、狩人は油断なく矢を少女に向けていたのである。いつでも射ることができるように。


逆に、少女はそれで楽になりたかったのかもしれない。


けれど、狩人は、矢を放たなかった。


油断はせずにゆっくりと弓を下ろし、代わりに纏った毛皮の中からギラリと鈍い光を放つ短刀を取り出して構え、慎重に少女へと近付いていった。


矢ではなく、その短刀で確実に首を掻き切ろうとでもいうかのように。


でも、狩人が辿り着く前に、少女の体からフッと力が抜けた。もう自分で自分を支えていることさえできなかったのだろう。


「……馬鹿か、俺は……」


意識を失ったらしい少女を見下ろしつつ短刀を毛皮の中にしまい、狩人はそんなことを呟いた。


顔まで毛皮に覆われていて目しか見えなかったが、唇を噛み締めているのが分かる気配を発していたのだった。


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