第133話 無意識の少年 後編

 ノエルは僕に銃を手渡した。

 それを受け取った僕は両手で構えると、改めてジョシュアに照準を合わせ、トリガーに指をかけた。

 僕の動きを止めることなく、ノエルは血が出てしまいそうなほど唇を噛み締めて僕の背後に隠れた。

「ジョシュア、お前、妹を悲しませていいと思っているのか? 上の者としてそれは絶対にしてはいけないだろう? 妹は悲しませるものじゃなくて、笑顔にするものだ、いいな?」

 僕はトリガーにかけている指に力を込める。

「ノエルはな、わざわざ吸血鬼を殺すための組織に来て、お前を極悪人にしないように努力していたんだよ。お前とまた向こう側で会うためにな」

 僕は小さく息を吐いた。

「ノエルは老いてからそっちに送ってやる。家族を持って、子供や孫たちに囲まれて幸せになってな。──だからお前は先にそっちで待ってろよ、良い兄なんだから」

 トリガーを引いた。

 僕の周りの空気が揺らぐ。

 銃口が一閃したかと思えば、そこからはなにも出なかった。僕は銃口を覗き込んだり、パーツをいじり、一体なにが起きたのかと焦っていると、背後に隠れていたはずのノエルがジョシュアを庇う形で僕の前に立っているのに気がついた。

「……おい、ノエル、そりゃ一体なんのジョークだ? それも……ジョークにしては随分と趣味が悪いじゃないか……」

 僕は顔を引きつらせながらも平静を装って言うと、

「……ダメ……なの……は……分かって……る……だけど……お兄……ちゃん……は……私の……家族……なの……だから……」

 ノエルの瞳から大粒の涙がこぼれ、頬を伝って床に垂れた。

「だから……なんだ? なんなんだ? 僕の仕事は吸血鬼を殺すことだし、お前も半年ちょっと前に吸血鬼を殺そうとしていた、だから今、目の前にいる吸血鬼を殺さなければならない、それを理解してるか? ドゥーユーアンダースタンド?」

 僕はわざとらしく嫌味で下劣な笑みを浮かべてみせると、ノエルは両手で顔を隠してわんわんと泣き出した。

「私だって……! 私だって……! 吸血鬼は殺さないといけないって分かってる……! でも……お兄ちゃんは……! 私の大切な家族なの……!」

「そうか、だが、その大切な家族は何人もの他の人の大切な家族を食ってきたんだ。だから、『大切な家族』って理由だけで野放しにしておくのは、少し……いや、だいぶ不公平なんじゃないのか? それがまかり通ったら、ジョシュアに食われた人間の家族の気持ちはどうなるんだ?」

 そこにピンヒールのコツコツという足音が聞こえてきた。

「セシリアの言う通りよ、諦めなさい、ノエル」

 シェリルは目を細めて慈悲深く微笑みかけると、僕のてから銃をかすめ取り、慣れた手つきでリロードをした。マガジンの代わりに液体で満たされた試験管が差し込まれている。

「さあ、撃っちゃって」

 そう言って僕に銃を渡してきたシェリルの顔には一切の感情が見られなかった。慈悲も罪悪感も憎悪も。恐怖も絶望も歓喜も。

「待ってください、シェリル。ノエルをどかさないと彼女も巻き込まれますよ」

 断固とした態度でジョシュアの前に立ち塞がるノエルを見てからシェリルを見ると、シェリルは、

「いいじゃない、そのまま撃ち抜いちゃえば。どうせこの騒動でスタッフ・ノエルとしての席は奪われるでしょうから。だったらもう兄妹揃って死んでしまってもいいんじゃないかしら? 一緒に三途の川が渡れるわよ。船「一緒に乗ったら運賃は割り勘、とかあるのかしらね?」

 とさも当然のごとく言ってのけた。表情は心なしか明るくなっている。

「──な、あなたは人の心が無いんですか? 人間を……それも知り合いを殺さないといけないって……!」

「あら? あなた、今までに何人も殺してきたじゃない。今さらなに罪悪感を覚えているのよ? 一人や二人増えたところで、最後の審判の結果は変わらないわよ」

「…………分かりました」

 僕は奥歯を噛み締め、目を閉じてトリガーを引いた。すると銃口が一閃し、レーザーが放たれ、一直線にノエルのほうへと飛んでいく。

 しかしそれがノエルに当たることはなかった。

 焦げた異臭を発しながら肩で息をしている致命傷を免れたジョシュアが目の前に立っていた。腕は焼き切られたようで肘から下がなくなるという欠損こそあったが、出血は見られなかった。

「ノエルは……殺させ……な……」

 ジョシュアは膝から崩れ落ち、一呼吸置いてうつ伏せに倒れ込んだ。後頭部からは煙が上がっており、その角度から脳幹を貫いていたのが分かった。

 ジョシュアが倒れたことによってその背後にいたノエルの手には僕が今持っているものと同じ銃が握られていた。銃口からも煙が出ている。

 シェリルがジョシュアの頭を爪先でつんつんと蹴ると、二回手を叩いて注目させて、

「はい、これで一件落着。ノエル、セシリア、お疲れ様。さあ、セシリアは摘出手術に向かうわよ。はい、レーザーガンはノエルに返してあげてね」

 と言って僕の手から銃──レーザーガンをもぎ取ると、ノエルに投げ渡し、僕の首根っこを引っ掴んで廊下を歩いていった。

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