第114話 特別の偽装 前編
わたしを特別な子だと両親は言った。
それはわたしの髪や肌、目から来るものだろう。異様なまでに白い体に灼熱の赤い瞳を持っているわたしは好奇の目に晒された。しかしそれを両親は綺麗だ、素晴らしいともてはやす。しかもそれだけではない。両親はわたしを宗教に巻き込んだのだ。
「お前は神様の子だ。ほら、神様の声が聞こえるのだろう? それを我々に聞かせてほしい」
「あなたは神様の子よね。神様の声が聞こえるのよね。それであなた私たちを救ってちょうだい」
はっきり言って異常だった。わたしには神の声は聞こえないし、そもそも神の子供でもない。正真正銘、お前らの子供だ──と思う。
宗教家の両親の元に生まれたわたしは、自分に運がないのを嘆いた。わたしは普通の──それこそフィクションドラマに出てくるような父親は会社に勤めて、母親は専業主婦をするという家庭に憧れていた。それなのに──。
──それなのにわたしは両親の頼みを聞き入れ、わたしは今日も白装束を着ると、信者たちの前に姿を見せた。
──ほら、お前らの大好きな偶像崇拝をさせてやるよ。
わたしの頭に載せられた豪奢を極めた装飾が照明に照らされて一閃する。
王様が座っていそうな背もたれの高い椅子に腰かけて、数段下でひざまずいてわたしを崇め奉る信者を俯瞰する。
──はぁ。こいつら絶対アホな単細胞生物だろ。頭に少しでも脳みそが入っているのなら、このような正気の沙汰ではない茶番に付き合う理由がないのはすぐに分かるはずだ。
「どうか、どうか、私たちをお救いください!」
女性の体には無数の痣があった。十中八九、家庭内暴力にあっているのだろう。
──ならば早く診断書を医者に書いてもらって、傷害として警察にでも行けばいいんじゃないか。
「我々に神の祝福を与え給え!」
旦那の頬はこけていた。肌はどす黒く変色しており、服から出ている腕は骨と皮だけで、健康状態が非常に悪いのが分かる。
──お前はこんなところで神の祝福がどうのこうのなんて言っていないで、早く職安にでも行って就職しろ。工場勤務なら三食付きのところもあるだろう。
「あなた様にこの身を捧げます! ですから、どうか──この子を助けてください!」
女性の手には弱々しく泣いている赤子がいた。今にも生命の灯火が消えてしまいそうなほど弱っているのがここからでも見て取れる。
──お前は早く子供を病院に連れて行け。お前はわたしを医者かなにかと勘違いしているんじゃないか? わたしはあくまでもでっち上げの偶像崇拝の対象というだけで、どれだけ祈ってもお前の子供は救われない。
わたしは腕を組んで信者たちを見据える。
──それにしてもよくもまたこれほどまでに虫唾が走るような台詞がスラスラと出てくるものだ。ある意味感心する。
わたしはツッコミを入れたいところだが、それを体内に押し込み、
「静粛に! 今、わたくしの元へ神の言葉が降りて参りました!」
と叫んだ。
──あぁ、アホだ。アホの極みだ。
これをするたびに自分の頭が腐っていくような気がして仕方がない。だがこれもわたしが生きるために必要なことだから、腹をくくってやるしか道はない。
一拍置いてわたしは意識を失ったように背もたれに倒れかかった。それから痙攣したかのように跳ね起き、椅子から立ち上がると、階段を下りて信者の元へと足を運んだ。
──本当、アホだ。もし今鏡を見たら叩き割りそう。そのようなくだらないことをやっている自分に腹が立って。
「……サァ、良ク聞キナサイ、迷エル子羊タチヨ」
極力感情のこもっていない声で事前に考えておいた文章を喋る。
「ワタシノ言ウコトヲ聞ケバ、アナタタチハ救ワレル」
──あぁ、反吐が出るわ。こんなのやらせる親って教育上いかがなもんだよ。……まあ、わたしに神の声が聞こえないのはみんな知らないから仕方がないか。
「な、何なりとお申し付けください!」
「あなた様のためにすべて捧げます!」
「私たちを救済してください!」
信者たちが次々と声を上げる。低俗なごっこ遊びだとは思っていたが、ここまで崇拝されると少しばかり楽しくなってきてしまう。
「アナタタチガ持ツ、価値ヲ捧ゲナサイ。然スレバ救ワレル」
──それにしても常識的に考えて神の声なんて聞こえるわけないってどうして分からないのかなぁ、こいつら。本当、アホの集団だ。まだ蝿のほうが賢いんじゃないか?
こうして色々とお布施を受け取って今日も一日を終えた。
またある日、わたしは宗教ごっこをしていた。非常につまらないが、親の期待に応えてあげるのも必要なことだろう。それにそうしたほうが色々と楽だ。それに──。
──自分より下の人間がいるのが分かると、安心するからな。
だがそれももう飽きた。だからすべて終わらせる。この馬鹿みたいな宗教と親を。
わたしは神様の声が聞こえるということで、この宗教ではもっとも位が高い。次いで父、母という順位になっているのだが、そこでわたしがめちゃくちゃな予言をして姿を消せば、信者の矛先は両親へと向くだろう。それがわたしの狙いだった。
わたしは今日のために知られないように毎回毎回お布施の一部をくすねては自室に隠し、逃亡資金を貯めていた。
──実行だ。
「三日後、コノ世界ハ滅亡シマス。大キナ津波が街ヲ襲イ、水中ヘト沈ンデイクデショウ。ソレカラ逃レル方法ハ、全テノ財産ヲ捧ゲ、箱舟ニ乗レルヨウニ祈リナサイ。然スレバアナタタチハ必ズ救済サレルデショウ」
わたしは頭痛がしてくるような虚構を並べた。
わたしは逃亡に成功し、安宿の硬いベッドの上で寝転がっていた。上階に宿泊している人間の足音と軋む音がよく聞こえる。
──失敗だ。
わたしはポツリと言った。
あの後、当然ながらそのような災害に見舞われることはなかった。だからわたしの神の声を怪しむ信者も一人や二人いた。だが、わたしの両親はそう言う信者に対して、『あなたたちの祈りが通じて、世界が救われた』と言って切り抜けたのだ。結局、信者はより熱心な信者となって、誰も損害を被ることはなかった。
「──クソっ、なんだよ! せっかくいけると思ったのにさ!」
拳を作って壁を殴ると、隣の部屋に宿泊している人間が、『うるせェ!』と怒鳴ってきた。
「……一旦冷静になろう」
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出し、脳に酸素を行き渡らせると、わたしはベッドに腰を下ろした。
「……とりあえず……わたしはあの猛毒のような親から逃げられたんだ……それで良しとしよう……」
わたしは再びベッドの上で横になり、
「……明日のことはまた明日考えればいいや」
と眠りについた。
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