第101話 死の舞踏 後編

 無数の映像が僕の前に映し出される。それの多くは僕の生首の放物線の描き方や着地点、そして頭を失ってからの倒れ方を映しており、僕が助かる見込みはない。しかし無数に存在する未来の映像の中にも特別なものは存在する。それを選び取るのは非常に精神を酷使することになるが、それでも一矢報いることができるのなら、その代償もとても安いと表現できるだろう。

 僕は天から垂れる未来を引き寄せるための糸を僕は掴んで引っ張って最善の未来を選んだ。


 首を四分の三ほど切られたにもかかわらずどういうわけか僕の体は動いた。咄嗟に現在進行形で僕の首を切っている大鎌の刃をクレイモアで進行方向とは反対に押し返すように切りつける。

 次の瞬間──金属が折れる音と共に僕の首を切り落とそうとする刃が止まった。鮮血を噴き出させながらも頭が落ちることはなく、首にくっついている。

 手の力が抜けてクレイモアを地面に落としてすぐさま頭が滑り落ちてこないように押さえた。

 僕の瞳に映るのは現実を受け入れられずに呆然としているガブリエラの間の抜けた顔。それは甚だ滑稽な様で、僕は大変嬉しくなった。

 ガブリエラの手から大鎌が滑り落ちて地面に音を立てて転がる。刃の先端は折れておりなくなっていた。

 したり顔でガブリエラを見ると、

「……前言撤回。ヴィクトリア、よくやりましたね」

 と眉をひそめて言った。

 一拍置いて、限界だった僕は全身の力が抜けて糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。

 ガブリエラは地面に転がっている大鎌を拾い上げて刃の部分を持つと、自身の腕を切りつけた。刃は動脈まで達しており、おびただしい量の血液を心臓が脈打つ度に噴き出させていた。

「セシリア、今から治しますね。まずはその刺さっている刃を抜くので歯を食いしばってください」

 ガブリエラは元の一切の喜怒哀楽が深層に埋められた表情に戻り、淡々と処置を行なった。

 首に刺さっている刃先をガブリエラは力ずくで抜き取ると、僕の首は文字通り首の皮一枚になっていた。それにしてもまったく痛みを感じず、生きている心地がしなかった。たしかに刺さっている刃を抜く程度のことは、今日起きたことと比べたら大したことはないだろう。

 傷口からは常に多量の出血が見られ、地面を真っ赤に染めている。素人目にも早く止血しなければ死ぬと分かった。

「じゃあ血液かけますからね。すぐに治りますよ」

 ガブリエラは出血している腕を僕の首に近づけて傷口に大量の血液を浴びせた。すると見る見るうちに出血量は減少していき、傷も塞がっていった。

 ──やはり何度やってもこれには慣れない。

「あと肋骨も治しておきますか? 折れているところの皮膚を切ることになりますが……」

 ガブリエラは僕が着ているレジスタンスの制服とインテリゲンツィアからの支給品を慣れた手つきで脱がせ、上半身を露出させた。成長していない胸が外気に晒される。

「……やりたくないです」

「まああなたの意見は聞かないんですけれどね。次の訓練もありますし、私はあなたが負った怪我をすべて治すようにシェリルに命令されていますから」

「……ですよね」

 こうして僕の体は開かれ、折れていた部分を治された。当然ながら手術中は声が枯れるほど叫んで喉を酷使した。しかしその度にガブリエラにうるさいと言われながらペチペチと叩かれて、体のいたるところが真っ赤に腫れていた。それについてガブリエラからは一切の謝罪がなく、僕はいつか一度ぶん殴ってやると誓った。

 僕の治療を終えたガブリエラは自分の得物の修復を始めた。折れたところに自身の血液をかけると、それは瞬く間に元の形に戻っていった。

 ガブリエラ曰く、同化しているものと同じ特異体の武器であれば、人間と同じ方法で元通りにできるとのこと。武器が血液をかけただけで元に戻るなど信じがたい現象だが、現に目の前で実演されては信じる他ない。それにそもそも人間に血液かけたら治ること自体が異様なことなのだから、今さら驚くこともないだろう。


 仰向けに寝転がっている僕は、体が完全に元通りになったから上体を起こして、隣でしゃがんでいるガブリエラを見た。彼女の目はどこか遠く──それこそ過去を見ているようで、心ここに在らずといった様子だった。

「……セシリア、あなたはなんでレジスタンスにいるんですか?」

 ガブリエラが小さく言った。その声は震えており、恐怖と後悔が混じっているのが感じられた。

「…………僕は……たった一人の家族のためにですよ」

 僕がそう答えると、ガブリエラは聞いているのかいないのか分からないような反応を見せて、前へと手を伸ばし、

「……昔……私には弟がいたんです。……しかしこの手で殺してしまいました」

 と吐き捨てるように言って手に力を込めて握りしめた。手のひらに爪を立てているせいで皮膚に傷がつき、血液がポタポタと流れ出して滴った。

「……私の懺悔を聞いていただけますか?」

 ガブリエラの言葉に僕はなにも言わずに、そして視線も一切動かさずに前を見たままコクリと頷いた。


 それからガブリエラはポツポツと話し始めた。

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