第4章

第95話 進んで、またぶつかる

 レジスタンス本部に戻ってきた僕は今、入院している。その理由はあちこちの骨にヒビが入っていたからだった。折れていたのは肋骨だけだったが、それ以外がかなり酷かったのだ。

 打撲と筋肉痛のせいで寝返りを打つたびに体の節々が痛み、目が覚める。その結果、仰向けで真っ直ぐになって眠ることが一番負担がかからないことが判明し、その体勢で眠ることになった。

「……それにしても暇だ」

 入院から三日が経過した。筋肉痛はなくなったが、変わらず打撲のせいで体が痛む。それに加えて骨にヒビが入っているから時折かなりの痛みが走る。

「……モニカやヴェロニカはもう次の任務に当たっているし、ナスチャは時々お見舞いに来てくれるけれど、その度に食費をせびられる。……困ったものだ」

 大きなため息をついていると、病室の扉が開いた。そこから見知った人が入ってくる。

「元気にしてるかしら? セシリア」

 その声と共に白い小ぶりな箱が入った透明な袋と茶封筒を持ってシェリルが来た。

「シェリルには僕が元気に見えますか? 僕は見ての通りぼろぼろですよ。あちこちが痛いったらありゃしない。ろくに眠れないし」

「その割には目がキラキラと輝いているわよ」

「そうですか?」

「そうそう。セシリア、あなたはこれを期待していたのでしょう?」

 シェリルは袋から箱を取り出した。それを開けると中から苺のショートケーキが二個出てきた。

「たしかに、お見舞いは期待していましたけれど! なんか……こう……惜しいんですよね……」

「とりあえずこれを食べて、報告を聞くとしましょうか」

「……はいはい、分かりました」

 こうして僕はケーキを食べながらこれまでのことを話した。ケーキは言わずもがな程よい甘さでとても美味しかった。これならいくらでも食べられそうだ。


「それじゃあ、お待ちかねの……行っちゃおうか」

 シェリルは含みのある笑みを浮かべて茶封筒を僕の前に置いた。そこには赤色で[Censored]という印が押されている。これがインテリゲンツィアからのものだということは容易に理解できた。

「よく六ヶ月間も武器を折らずに戦い、生き残ったわ。おめでとう、セシリア。約束通り、特異体の武器を作りましょうね」

 シェリルは僕を抱きしめた。シェリルの髪の毛からシャンプーの良い香りがしてとても安らいだ。

「じゃあ早速……」

 シェリルが茶封筒の封を開けて中から書類を取り出すと、僕の前に並べた。ホチキスで留められた書類の束が三つあり、それぞれの表紙に『共鳴する鼓動』、『石化する女神』、『陰』と書かれている。タイトルからどういった特異体なのかまったく想像できない。

「どれにするのかしら?」

 僕の深層を掘り返すような笑みを浮かべてシェリルが訊ねた。

「中を見てもいいですか?」

「いいわよ」

 シェリルの許可を得た僕は最初に『共鳴する鼓動』という特異体の書類を読み始めた。


 製本せずとも撲殺できそうなほど分厚い書類の束を読み終えた頃には既に日が暮れていた。それなのにもかかわらず、シェリルは僕の隣でなにも言わずに静かにじっとして待っていた。その理由はこの書類が流出すると洒落にならないからだった。万が一にも特異体の存在が一般人に知られたら、非常に危険な状態になること間違いなしということらしい。現にある程度の耐性がある僕もこれらを読んでいて、このような非現実的なものが実在するのかと恐怖したのだから。

「命をかけて戦い、共に死線を潜り抜ける相手なのよ。だからどれにするかはじっくり考えて決めなさい。──答えはあなたの体が完全に治って、 対特異体の特別訓練を終えてからでいいから」

 そう言ってシェリルは一瞬だけれど悲痛な表情を浮かべ、書類の束を茶封筒に入れて去っていった。


 僕は配膳された夕食を食べ終えると、就寝の準備をしてベッドで横になった。部屋の電気が消されて真っ暗な空間になったところで思考を巡らせる。

「……どうするかな、これ」

 どの特異体も僕では太刀打ちできるか怪しかったからだ。特徴を簡単に言ってしまえば、長時間接していたら死ぬものや、当たれば確実に即死する攻撃を放つもの、純粋な暴力を振るうものなどだった。

「……もう僕死ぬんじゃないかな。どうせあそこにナスチャは連れて行けそうにないし。だってあいつにインテリゲンツィアって単語を聞かせただけでプルプル震えながら威嚇していたからな……」

 開いている窓から夜風が入る。閉めていたカーテンがはためいて、その隙間から月が見えた。月明かりが一切の汚れがない真っ白な布団を照らす。

「……吸血鬼を殺すための武器を作るところで死んでは本末転倒も甚だしいよな」

 僕一人だけの静かな空間に声が響く。

「……まだ猶予はある。シェリルは……なんだっけ……対特異体の訓練をするって言っていたっけな……それを受ければ……まだなんとかなるだろうか……でもそれだけじゃダメなんだ……同化しないと……同化しないとホロコーストみたいに最前線で戦えない……」

 僕の脳内で肯定と否定が殴り合っているが、なかなか決着がつかない。

「……どうしよう」

 僕が唸っていると、

「どうしたんですか? そんなに唸って……便秘が一週間続いているんでふか?」

 という声が窓から入ってきた。

 突然聞こえた声に僕は仰天してベッドがら転がり落ちて、床に臀部をしたたか打って涙目になった。しかしすぐに声のしたほうを見る。

 そこには窓枠に乗ってしゃがんでいるアンジェラがいた。ブロンドの長い髪に夜風を孕ませ、はためかせている。

「こんばんは、セシリア」

 アンジェラは内心を読ませない表情を浮かべてこちらを見据える。

「こ、こんばんは……」

 じんじんと痛むお尻を撫でながら僕はベッドの上に戻り、アンジェラを部屋に入れた。


「──というわけなんですよ。どうしたらいいと思いますか?」

 僕は後ろ髪をわしゃわしゃと掻きながら困惑の混じった表情でこれまでの話をして、アンジェラに良い案を求めた。

「そうですね……」

 アンジェラは頬をぽりぽりと掻きながら、

「私だって一応はホロコーストの端くれですから、あなたに多少はアドバイスをしてもいいですよ。でも……良いアドバイスができるとは限らないんですけれどね」

 と少しばかり頬を赤らめて言った。

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