第68話 女は度胸、男は愛嬌 後編
「ありがとぉ……ありがとぉ……本当にありがとぉ……君たちには感謝するよぉ……」
何度も礼を言ってきたこの青年──カルヴィンの横腹に僕は拳をめり込ませた。すると体は車が衝突した電柱のようにひしゃげた。
今ならばヴェロニカが僕を殴ってきた理由が理解できる。
──うるさすぎるのだ。
僕の行動を見て、満足げにヴェロニカが笑った。それとは反対にモニカは慌てふためいている。
モニカが殴られた痛みからうずくまっているカルヴィンを労りながら、
「もう、なんで殴るの? 私たちの力は普通の人よりも結構強くなってるんだから、関係ない一般人を巻き込んじゃダメだよ。可哀想でしょ?」
と眉をひそめて蔑むように言った。
「うるさかったから仕方がないだろ」
僕は食い気味にぴしゃりと言うと、
「セシリア、グッジョブ」
と隣にいるヴェロニカが悪趣味な笑顔でサムズアップしていた。
「もう……二人とも……暴力反対。意味もなく殴らないでよ」
呆れているモニカにヴェロニカが、
「じゃあ殴るんじゃなくて蹴るのはセーフ?」
とモニカの答えを知っている様子であえてそれを訊ねた。
「アウト! 一発アウト! レッドカードだよ、それは」
「じゃあ──投げ技は?」
今度は僕が訊ねる。
「それもダメだって!」
ヴェロニカと目が合った僕は彼女がしようとしていることを理解した。だから片腕を差し出した。
「だったら関節技は?」
僕の腕を掴んだヴェロニカは技をかけた。デモンストレーションのようなもので、手加減をしているから痛みは感じなかった。
「もう! 二人ともカルヴィンを攻撃することしか考えてないでしょ。何度もダメだって言ってるじゃん」
「弱いのがいけない。だからカルヴィンも強くなればいいよ」
僕の腕を離したヴェロニカがそう力説した。それを聞いた僕はコクコクと頷いて同意する。
「二人がダメなのは分かった。もういいよ。私一人で守るから」
モニカは僕たちを蔑視してカルヴィンを連れてスタスタと歩いていった。
「ありゃ、モニカ怒っちゃった?」
僕はモニカの後ろ姿を眺めながら確認するようにヴェロニカに訊ねた。
「そうっぽいね。追いかける?」
ヴェロニカは心底面倒くさそうに僕に提案した。
「そうするしかないだろうな」
二人揃って大きなため息をついてモニカを追いかけるべく歩き出した。
街を出た僕たちは砂漠に足を踏み入れた。乾燥した砂が風で舞って視界を遮った。それだけでなく細かい砂は呼吸をするたびに体内に入り、鼻が痒くなってくる。
日も暮れてきて空は赤と青の混じった幻想的な絵が描かれたキャンバスになっている。
延々と続く砂の地面。そこを歩くにはレジスタンス支給の靴は向いていないようだ。歩くたびに踵の部分が砂に沈み込んでしまいとても歩きづらい。
それでも僕たちは弱音一つ吐かずに歩いていた。
空はいつのまにか暗くなっており、肌寒くなってきた。
「ヴェロニカ、砂漠って暑いもんだと思っていたからコートを持ってきていないんだけれど。どうしよう、とっても寒い」
僕が上半身を丸まらせて小刻みに震えていると、
「わたしも持ってないよ。それに仮に持っていたとしても貸さないからね」
と即答した。ヴェロニカも僕と同じように丸まって震えている。
「ここまで寒いなんて思いもしなかったよ」
揃ってため息をついた。
仕方がないから僕たちは走ることにした。とりあえず走っていれば寒くはないだろうという考えに至った。
モニカとはかなりの距離を置いて進んでいると、向こうが動きを止めたようだ。
吹いていた風も止んで視界も晴れてきた。
「そろそろ合流するか」
「そうだね。もう夜だし吸血鬼も出るでしょ」
僕たちは走るのをやめて呼吸を整えながらモニカたちに近づいていった。
「さっきは悪かったな」
僕だって一応常識人である以上、形式的な謝罪くらいはするのだ。
「はは……いいんですよぉ……僕はどうせ弱いですからぁ……皆さんに守っていただけるようでぇ……よかったですぅ……」
カルヴィンは簡単だった。よっぽど先ほどの拳が効いたのだろう。僕を見た瞬間、小動物のように怯え始めたのだから。
「モニカ、もう人を蹴ったり殴ったりしないから許してくれよ」
拗ねているモニカの頭を撫でると、
「もういいよ。可哀想な人には優しくしないとね」
と笑って許してくれた。
てっきりもっと長時間無視されるものだと思って覚悟をしていたから、この反応は意外で拍子抜けした。
モニカたちがここで止まった理由はここで一晩を過ごすため、とのこと。
砂漠で野営をしたことがない僕でもその理由は分かった。周辺を見渡すと近くに水場があったからだ。
カルヴィンが持ってきたテントを設営し、僕たちは夕食を食べるべく準備を始めた。
万が一風か吹いたときのために僕はテントの中にナスチャを重石代わりに置いた。するとナスチャは文句を言っていたが、聞こえないふりをして僕はテントを出た。
テントの設営が終わった僕はモニカに水を汲んできてほしいと頼まれたから、鍋を片手に水場へと向かった。
直径十メートルほどの大きさの水場の際に僕はしゃがみ込んで鍋を水で満たそうと手を伸ばした。
汲み終えると鍋は元よりかなり重くなっていた。両手でゆっくりと持ち上げて戻ろうとしたら──気配を察知した。
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