第67話 女は度胸、男は愛嬌 前編
「酷いよぉ……助けてくれよぉ……僕をひとりぼっちにしないでぇ……」
僕たちが砂漠へ続く道を歩いていると、路地から情けない男性の声が聞こえてきた。
「どうしたんだろう?」
モニカが眉を寄せて心配そうな顔をした。
「ほっとけばいいよ、そんなヘタレ」
ヴェロニカがモニカの心配をバッサリと切り捨てた。
「そんな! あの人になにかあるかもしれないよ! 困っている人を見捨てるなんてできないって」
「そう言うんなら、さっさと吸血鬼を殺してこれから起きる被害をなくせばいいと思うよ。そうしたら一度で多くの困っている人を救える」
「でも……」
少し考えたのち、モニカは路地のほうへ駆け出した。
残された僕たちは顔を見合わせた。ヴェロニカはやれやれと言った表情をしている。きっと僕も同じような顔をしているのだろう。
仕方がないから僕たちもモニカについていった。
するとちょうど路地から人が出てきた。日に焼けた褐色肌の屈強な大男が出てきた。サーベルを佩用しており、立ち姿からさしずめ軍隊上がりの人間だと感じた。
大男は僕たちを一瞥すると、なにも言わずに横を通って去っていく。
路地には片膝をついたモニカと褐色肌の華奢な青年がうずくまっていた。
「モニカ! 大丈夫か? なにかされていないか?」
僕が声をかけると、
「大丈夫だよ」
とモニカは微笑んで立ち上がった。そして僕のほうへ歩いて話し始めた。
「あの人はここに出稼ぎに来たんだって。それで家に帰ろうとしているんだけれど、帰るためには例の砂漠を通らないといけなくて……怖いんだってさ」
「吸血鬼に食われるか食われないかなんて運だろ。食い殺されたらそこでお前の人生はお終いってことさ」
「ああもう! セシリアって辛辣だね。それで……さっきの大きな男の人が護衛業を営んでるから、頼んでいたらしいんだけれど、お金がないから却下されてたんだよ」
「出稼ぎに来て金がないの? 稼ぎに来たのにどうしてないのさ。家族のために少しでも多くお金を送りたいって気持ちは分かるけれど、体は資本なんだからそこに金をかけずに死んだら元も子もないでしょ」
吐き捨てるように言ったヴェロニカの言葉には重みがあった。さすがは一家の収入源というだけある。
ヴェロニカはつかつかとうずくまっている青年に近づいて、髪の毛を掴んだ。
引っ張るように乱暴に頭を持ち上げると目を合わせて、
「舐めたこと言ってないで帰りたければさっさと金を払って帰ればいいよ。わたしたちを利用しないで、忙しいから」
と語気を強めて言った。その目はまさに鬼神のそれと同様のものだった。
そのようなヴェロニカの気迫に恐れて青年は小さな悲鳴をあげた。
そこで僕の頭に天啓が降りてきた。
──ちょうどいい。
僕はヴェロニカの肩をペチペチと叩いて青年から引き離すと、耳打ちした。
「いいか、ヴェロニカ。あれを利用しよう」
僕の話を聞いたヴェロニカは訝しそうに僕を見つめて、
「盾にはならないでしょ、あんな弱っちいのは。一瞬で死んじゃうって」
と小声で言った。
「いいんだよ、それで。あれには死んでもらおう。──んで僕がやりたいのはあれを使って目的の吸血鬼を誘い出すんだよ。僕たちレジスタンスを襲撃するよりも、一般人の方が簡単だろう? そうなれば警戒されないで一方的に殴れるんじゃないか?」
人道を踏み外した挙句、九十度回転して道無き道を歩き出すような発言だと思った。
ヴェロニカは青年を横目に不敵に笑い、
「ナイスアイデア、セシリア」
とサムズアップした。
くるりと回転して僕に背を向けたヴェロニカが再び青年に近づくと、
「いいよ、ついてきても。わたしたちが護衛してあげる」
と拳銃を抜いて青年に見せつけた。
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