第65話 砂漠の都 前編

 ──暑い。

 容赦なく照りつける太陽は、僕の体にある水分を一滴たりとも残さず吸収していくようだった。

 ──暑い。

 地面に当たっていた日光が反射して天と地の熱に板挟みにされている。

 ──暑い。

 ──暑い。

 ──暑い。

「──暑いッ!」

「うるさい」

 ヴェロニカが食い気味にぴしゃりと言った。それと同時に脇腹に痛みが走り、僕の体は横に折れ曲がった。

「痛いじゃないか! なにも殴らなくてもいいだろう!」

 僕が反撃しようと拳を作り、振りかぶると、

「さっきからうるさいって何度も言ってるじゃん。それなのにセシリアはまったく聞いてない。だから殴ったんだよ」

 とヴェロニカが反論してきた。

「隊内での暴力は禁止だってルールがあるじゃないか!」

「それは原則禁止ってだけで、時と場合によるって。だから今回はセーフなの。壊れたラジオみたいなセシリアを静かにさせるにはこれしかないから仕方がないって」

 ヴェロニカは脇にある拳銃に手をかけた。それに対してこちらも負けじと背中にあるクレイモアを握り、いつでも抜けるようにして凄んだ。

 一触即発の状態にある僕たちの間に明るい声が入り込む。

「二人ともそんなピリピリしてないで! ほら、これあげる」

 そう言ったのはモニカだった。モニカの手には飾りが施された白い帽子が二つあり、それらを僕たちに差し出した。

「これで喧嘩しなくて済むよね……?」

 モニカは怯えながら僕たちの心中を伺っている。パンプキンカラーの髪の毛が日に照らされて一層明るく輝いている。まるで後光がさしているようだ。

「ありがと」「ありがとうな」

 それぞれが帽子を受け取ってかぶった。直射日光を遮る白い布とモニカの優しさのおかげで幾分か暑さは和らいだ。だが問題が一つ残っている。今僕の頭にはナスチャが乗っているのだが、帽子の内側に入ってきたから頭頂部は暑いままなのだ。

 ──鳥の体温は人間よりも高い。

 頭皮は放熱しようと汗を滲み出しているが、髪の毛とナスチャのせいで風通しが悪く、じっとりとしていた。

 僕は眉をひそめながらナスチャの頬を人差し指でつつく。視線で帽子の上に行けと合図を送るが、ナスチャはまるで聞きやしない。

「みんな仲良くしよう、ね?」

 モニカが顔をしかめている僕に声をかけた。それによって僕は現実に引き戻される。

「ああ、そうだな。チームワークは大切だよな、うん」

「そうだよ! ──じゃあ、久しぶりに同期が揃ったことだし、一緒にお昼ご飯を食べようよ。任務の前にはやっぱり腹ごしらえしないとね」

 モニカがにこやかな表情で言った。

 そこで誰かのお腹が鳴った。三人が顔を見合わせる。

「わたしじゃないからね」

 真っ先に否定したのはヴェロニカだった。ヴェロニカの視線の先にはモニカがいる。

「いやいや、私だって違うよ。いつもいっぱい食べるからって決めつけないで」

 モニカは全力で首を横に振った。

「「じゃあ──」」

 ヴェロニカとモニカの二人の視線が僕に注がれる。

「なぜ僕だと?」

「わたしじゃないから」「私でもないから」

 二人の声が重なる。

「……お前らは犯人──第四の存在を忘れているみたいだな」

 僕は声をいつもより低くして、推理小説に登場する探偵が犯人を言い当てるときのような口ぶりで言った。

「は?」「え?」

 揃って首を傾げる二人を尻目に僕は帽子を取った。そして帽子の下に隠れて涼んでいたナスチャが日の下に晒される。

「こいつだよ、こいつ。お腹を鳴らした犯人は」

 僕はナスチャにデコピンした。柔らかくてもちもちしている球体のようなナスチャの体に指が沈み込んだ。

 いつもならば、『痛い! なにすんのさ!』と噛み付いてくるところだが、僕以外の人間がいることで静かになっている。

 心底不服そうな顔をして僕のデコピンに耐えているナスチャを興味深そうに二人が凝視する。

「かわいいね」

 ヴェロニカがポツリと言った。

「うん、かわいい。なでなでしてもいい?」

 続いてモニカも同様の感想を述べた。

「いいよ、好きなだけなでなでしても。ついでにこれ、頭に乗せてくれてもいいんだよ?」

 頭部が蒸れているのが不快で仕方がない僕はそう提案した。──ちなみにナスチャの鳥にしては大きな質量には慣れてしまった。僕は強靭な首を手に入れたのだ。

「頭に乗せるのはいらない。重たそうだから」

「私も。首が痛くなりそう」

 二人には即却下され、僕の希望は潰えた。

「ではお言葉に甘えて撫でようかな」

 ヴェロニカが背伸びをしてナスチャの頭を撫でた。

 ──なでなで、なでなで。

「んじゃ、私も」

 モニカもヴェロニカに続いた。

「「かわいいね」」

 ──なでなで、なでなで。


 この砂漠の街の路傍で、少女の頭に乗った鳥を二人の少女が撫でるという側から見たらとてつもなくシュールな光景が繰り広げられている。

 道行く人には白い目で見られているが二人が気にすることはなかった。

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