第52話 僕に足りないもの 後編
黄金色の短剣とクレイモアが激突する。一閃を放ってから間髪入れずに金属が接触する甲高い音が響いた。
「なかなかやるじゃないですか」
普段のアンジェラが浮かべる内面の読めない微笑とは異なり、嬉々とした表情だった。それはとても生き生きとしている。
──この人もこういう顔するのか。
僕はアンジェラが神速で振り回す短剣を回避、もしくはクレイモアで受け流している。なかなか反撃する機会ができずにじり貧な戦いを強いられた。
クレイモアに適した間合いを取ろうと後退して攻撃しようとするが、その度に一瞬で間合いを詰められ、防戦する一方になってしまう。
そして時間が経てば経つほど体力の消費が激しいクレイモアを扱う僕は不利になる。心臓の動きが活発になるのとは反対に、体の動きは鈍くなっていく。
横腹の痛みに耐えながら肩で息をしてアンジェラの動きについていくのがやっとだった。
「アンジェラ、さすがはホロコーストですね」
僕が引きつった笑みを浮かべてアンジェラを見ると、
「よそ見はいけないですよ」
と目を細めて言われた。それと同時に踏み込んだ片足を軸に跳躍し、アンジェラの体が宙を舞った。そして体を捻って回転して遠心力を乗せた足が上段から振り下ろされる。
とっさにそれを前腕で受けた。骨の真上で受けたせいで激痛が走り、クレイモアを握る手から力が抜ける。
クレイモアが床に音を立てて転がった。
すぐさまそれを拾おうと体を低くして手を伸ばすと、
「それはいけないですよ」
とアンジェラが不敵に笑って、膝蹴りを僕の顔面に入れた。
脳が揺れて意識が刈り取られ、受け身を取ることができずに顔からうつ伏せに倒れ込む。だが意識がない今、この痛みを感じることはなかった。
目を覚ますとアンジェラが僕の顔を覗き込むように見ていた。
「やっと起きましたね」
顔面と前腕の痛みに顔をしかめると、
「ただの打撲で内側に異常はないので安心してくださいね」
と言ったアンジェラは仰向けに寝ている僕の額を撫でた。先ほどの表情はまるで夢かのように、普段の微笑に戻っている。
「そうか……それならよかったです」
上体をゆっくりと起こして、
「僕になにが足りないんですか……? 一撃たりともあなたには当たらないし……」
と頭を抱えた。
「そうですね……セシリアに足りないものはいくつかありますが、それは近々分かると思うので、私はあえて教えませんよ」
意味ありげにアンジェラは微笑みながら、琥珀のような瞳は僕を見据えた。
「近々……?」
「聞きましたよ。あなたはヴィクトリアに特訓という名の悪夢のような扱きを受けるんでしょう?」
「そうですが……それが言わないこととなにか関係があるんですか?」
「どうせヴィクトリアはこれと同じことやって問題点を探すでしょうから、そこで指摘されたらいいと思いまして。あなたも二度も同じことを言われたくはないでしょう?」
「そりゃあそうですけど……気になるなぁ……」
アンジェラは僕の頭を撫でて、
「今日はもう遅いですから、体を休めましょう」
と言って僕をお姫様抱っこした。
僕にはお姫様抱っこをされた記憶はないが、自分よりも小さい人間にされるものではないということは分かっている。
それにしても──アンジェラの人並みの大きさの胸が当たり、気になって仕方がない。
屋上を後にして静かな冷たい廊下をお姫様抱っこされながら進んでいると、アンジェラが口を開いた。
「セシリアって一人でも簡単に持ち上げられるほど軽いですね」
「なんですか、突然」
僕はアンジェラの体を見て、
「アンジェラも結構軽そうに見えますが……」
と呟いた。
「まあ、五十もありませんからね。身長に対しての質量で言ったら、軽い部類に入りますが、それよりもセシリアは軽いと思います」
「……そうですね。アンジェラよりも結構軽いです」
「もっといっぱい食べないといけないです。……将来結婚して家庭を築くときに困りますよ」
アンジェラは僕を見ているが、認識しているようには感じなかった。自身の過去を見つめているようで、心ここにあらずといった様子だ。僕が返事をせずともアンジェラは気にしないのが証拠である。
「さあ、着きましたよ」
部屋に入ると新しくなったベッドに僕を寝かせて、
「では私はこれで。──これから頑張ってくださいね」
と言ってアンジェラが踵を返そうとすると立ち上がると、目を覚ましたナスチャと目が合った。
「可愛いですね、この鳥」
アンジェラはナスチャを抱き上げて頬ずりした。
「温かい……セシリア、この鳥はなんて種類ですか? こんなにも大きくて重いのは初めてです」
「さあ、僕にはさっぱり分かりませんよ。ナスチャ──この鳥は近所のガキ共に虐められていたのを助けたら懐かれたので、一緒に暮らしているだけですから」
「いいですね。私もこんな鳥が欲しいです」
アンジェラはこの間もずっとナスチャの温もりを感じるべく頬ずりをしている。ナスチャはそれが鬱陶しいようで僕に助けを求めているが、助けるつもりは毛頭ない。
「なんなら一晩お貸ししましようか?」
「え? いいんですか? このもふもふな鳥を一晩中触っていても」
「明日の朝に返していただけるのなら」
「ありがとう、セシリア。ではお言葉に甘えて」
アンジェラはナスチャを抱えて部屋を出ていった。間際にナスチャが僕を忌ま忌ましそうに見つめていたが、そこは気にしないことにした。
──食べ物の恨みは恐ろしいことを知れ。
こうして夜を明かした。
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