2-3

 春の雨は霧のように細かな粒となって、非常階段の手すりから顔を出すスコーピオンの髪を容赦なく濡らす。


『どうだい? ここから確実にターゲットを仕留められそうか?』


貴嶋佑聖は非常階段の段差に腰掛け、ライフルを構えるスコーピオンに問う。今日も貴嶋は黒い服に覆われていた。


『距離も天候も問題ありません。一発で終わらせます』

『君にはこの春の雨も障害にすらならないね。……そろそろ時間だ』


 金色の腕時計の文字盤を見た貴嶋はスコーピオンの隣に並んだ。彼は双眼鏡でここから数百メートル離れた光が丘病院の灰色の建物を眺める。光が丘病院は大層な建築費がかかっていそうな仰々しい建物だった。

あの病院に入院したいとはさすがの貴嶋も思わない。


『哀れな獲物がわざわざ自分から死のスタートラインにやって来たぞ』


 貴嶋の双眼鏡は病院の八階、院長室を覗き込んでいる。スコーピオンのライフルの照準も院長室に合わさっていた。


『……では、手筈てはず通り頼むよ』


無線越しに貴嶋が指示を出した。


        *


 光が丘病院の院長室。院長の永山佐千朗は窓際にある自分のデスクに重たい腰を落ち着かせた。凝り固まった肩を手で揉みほぐし、首を回す。


間もなくコーヒーが出来上がる頃合いだ。

どうしてコーヒーメーカーをデスクから遠い棚の上に置いてしまったのだろう。一度落ち着いて座ってしまうと再び立つのは億劫だ。


 机上の電話が鳴る。表示された番号は外線だった。永山は座ったまま受話器に手を伸ばす。

それが死を告げる電話だと知らずに。


『はい、永山ですが……』


コーヒーメーカーがぽこぽこと音を出した時、窓ガラスを突き破った弾丸が永山の頭部を貫いた。永山の手に握られた白の受話器は主の手を離れてコードを繋げたままぶら下がり、デスクに散らばる書類には鮮血が飛び散る。

院長室の電話機の表示は不通状態になっていた。


 ――双眼鏡越しに永山の死を確認した貴嶋は満足げに微笑んだ。


『第二ステージ、終了』

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