第一章 楽園追放
1-1
パイプオルガンの重厚感のある響きが厳粛な雰囲気を醸し出す。ステンドグラスから差し込む虹色の光に照らされて新郎新婦が愛の誓いを交わした。
「おめでとうー!」
教会の扉から出てきた花嫁と花婿にはフラワーシャワーの祝福が送られる。香道なぎさもピンクと白の花びらを祝福の気持ちを込めて友人へ送った。
年が明けて2009年3月。厳しい寒さを乗り越え季候も春の気配を見せ始めた日曜日。今日はなぎさの高校時代の友人、
教会から披露宴会場に移動して華やかな披露宴が幕を開ける。
「まさか私達の中で優香がいちばん最初に結婚するとはね」
「私達も24だしね。そろそろ結婚の話題も出てくる頃だよねぇ」
新郎新婦がお色直しで中座する時間は招待客の談笑の時間でもある。高校時代の仲良し四人組がテーブルに揃った。
「私なんてお正月に実家帰ったら親戚の伯母さんに結婚はまだかって、早いとこ孫の顔見せてやれって散々言われたよ。今の時代、24で結婚してなくても珍しくないのに」
「あー、わかる。私も四つ下の従妹が先に結婚して親の風当たりがキツいのよ。ねぇー、なぎさと麻衣子はどうなの?」
「麻衣子は最近病院に入ってきた精神科の先生に食事に誘われてるって言ってたよね! その後進展あった?」
「何度か食事に行ってるけど、特に何もないよ。それにちょっと苦手なタイプだなぁって」
曖昧に言葉を濁す麻衣子に千絵と紗菜が矢継ぎ早に質問を繰り出している。一通り麻衣子に質問責めをした紗菜がなぎさを見た。
「なぎさは? 彼氏できた?」
「いないよー。今は恋愛より仕事が楽しいの」
なぎさは笑って、紗菜の放った矢を軽く受け流す。できれば今は恋の話題は避けたかった。
新卒時代の不倫や不倫相手の子供を堕胎した過去をここにいる者では麻衣子以外は知らない。知れば千絵も紗菜も口を揃えて、あのなぎさが不倫? と驚くはずだ。
友達であっても知られたくない領域がある。それは見栄やプライドかもしれない。でも誰かの汚い面を知らないからこそ友達でい続けられる部分もある。
上司の早河にはすべて知られていても平気なのに、友達には知られたくない。
(所長には今さら隠すことってないからなぁ……)
司会者がスライドショーの始まりを告げると照明が落ちて会場が薄暗くなる。招待客の視線が一斉にプロジェクターに集まり、新郎新婦の歴史の写真が流れた。
新婦、優香の高校時代の写真が映るとなぎさ達のテーブルがざわついた。
「高校の時のだ!」
「なつかしーい」
「うわぁ……みんな若い」
懐かしい高校の同級生達の顔が遠い日々の青春時代と共に甦る。
なぎさ、麻衣子、千絵、紗菜、新婦の優香。高校時代の仲良しグループには本当はもうひとり友人がいたことを、なぎさ以外の友人達も思い出しているだろう。
本当は六人だったことを。
高校2年生の修学旅行は大阪に行った。大阪の街を背景にして六人で写る写真には確かにいたはずの彼女のこと。
高校3年の11月の学園祭の時にはもう居なくなっていた彼女のこと。きっと優香も含めた五人は皆、同じ顔を頭に思い浮かべている。
「
なぎさは誰にも気付かれないように小さな声でその名前を呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます