世界

緑夏 創

第1話 前




「私、本を書く人になるから、結奈も絵を描く人になって、そしてまた会おう? 」


堕ちる太陽、軋むブランコ、揺れる影、啜り泣く声、もう随分過去になったあの日のことを私は思い出していた。


だが、懐かしい、と。そんな感傷に呑気に浸る余裕など、今の私には無かった。手にしたスマホのひび割れた液晶に映し出された「落選」という、二文字の無情な現実を握り締め、私は唇を噛む。ぐわんぐわんと、まるで水の中に揺蕩うかのように自身の身体も、視界も、心もどうしようも無く歪んでいくかのように感じたところで、唐突に血の味がして私は、唇の皮膚を歯で突き破った事を知った。それに私は半分笑って、二文字の現実に半分泣いて、何もかもごちゃ混ぜにした灰色の感情を呼気に乗せて、静かに吐き出す。その混沌とした感情は私から平常心も判断力も奪い去り、もう無闇矢鱈に叫び出したくなったのだけれど、それだけは最後の平常心の欠片が制止して、私は昂る負の感情から逃げるように夜の住宅地を駆けた。

もう嫌だ嫌だ嫌だ、毎度毎度喉を掻き毟りたくなるほど悔しく、惨めで、泣きたくなるような、こんな気持ちに苛まれるならば、もう書きたくない。

何のために書いているのか、そんな事もうとうにわからなくなってきて、ただ一人惨めに、雑巾の絞り汁みたいな色した感情に支配されて馬鹿みたいに近所の住宅街を走っている。

息も絶え絶えになって肺が悲鳴を上げ始めても、不思議と私の足は止まることは無かった。むしろ加速していく様に、感情というものは恐ろしい、とつくづく思ってしまう。

気付くと私は、古びた遊具が物言わず佇んだ、閑寂として錆びれた公園の入口の前で立ち止まっていた。まるで何か不可思議な、化学では到底説明出来ない力に引き寄せられたかのように、不自然で、だが必然であるかのように思え、私は酸欠で視界がぶれながらも砂の地面を、噛み締めるように踏みつける。

この青の塗装が剥げて錆びたジャングルジムを知っている、スコップやお椀が放ったらかしにされたこの砂場を知っている、外側を黄色で塗装され、内は煌めく銀が綺麗なこの滑り台を知っている。そしてその奥には、幼い時、もうどこか引っ越してしまった唯一の友達と笑いあったあのブランコが。


「……ぁ」


雲の隙間から青白い月光が差し、照らし出されたブランコの、あの子がいつも座っていた右側の座席には、高校生くらいの、同年代に見える少女が、私を待っていた時のあの子と同じように心細そうに俯いていて座っていた。


「……結奈? 」


「えっ……?」


意図せず吐き出したその言葉に、目の前の少女はボブカットの髪を揺らしながら顔を上げ、声の主である私の事を確認しては見覚えのあるその深い藍色の瞳を見開き、そしてみるみる内に目元に溜まっていくその涙を宝石のように輝かせながら、


「……藍羅? 」


私の名を呼んだ。

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