5秒

大豆

父親の場合

『とりあえず荷物はこれで全部ですね。』

引っ越し業者の男性が言った。


『はい、オッケーです。』

俺はそう言って引っ越し業者の二人を見送った。

男一人の引っ越しに二人も出動とは大層だと思ったが、季節は秋、引っ越し屋も閑散期なのだろう。


今は引っ越し屋が荷物を短期間預かってくれるから有難い。


今日が最後だ。


今日一日が終われば俺は、この家と、家族と離れる。


『パパおにもつおわったー?』


息子の春陽はるひだ。


今年から幼稚園の年少組通ってる。



『うん、終ったよ!』



俺は努めて明るく言った。



『じゃこうえんいこー!』


『おー!いくか!』


俺は春陽を抱っこした。


そしてキッチンで洗い物している妻に声をかけた。


『春と、公園行ってきても大丈夫?』


『…うん。』


妻の言葉はいつも簡潔だ。



秋の公園は少し物悲しくてすきになれない。

が、春陽は落ち葉をザクザク踏みつけるのが好きらしい。


遊具そっちのけで落ち葉踏みをしている。


俺も同じ様に落ち葉を踏む。


ちょっと前までは落ち葉の山に埋もれそうだったのに、デカくなるのは早いなー、とかそんなことを考えていた。



『パパー!』

春陽はザクザク落ち葉を踏んでいる。

『んー?』

俺も同じく。

『あしたはパパどこいくのー?』


『パパはねー、長野ってゆうところ。』


『何があるの?』


『パパのおうちがあるよ。』


『パパのおうち、もういっこ?』


『んーと……今、春とママが住んでるおうちには、もうパパは住まないんだ。』


『なんでー?』



そこで俺はしゃがみこみ春陽の肩に手を乗せた。



『離婚ってわかるか?』


春陽は首を振る。

が、まんざらさっぱり分からないと言う訳でもなさそうな表情だ。



『パパと、ママ達は別々に暮らすんだ。』




夕暮れ。


公園の駐車場。


俺たちは車に乗っている。


春陽は後部座席のジュニアシート。


春陽はグズり、中々出発出来ないでいる。



『ごめんなぁ春。』 

俺は振り返り、もう何度目かの謝罪をした。


春陽は無視している。


『春ー?』


春陽はうつむいている。


『………』


最後はきっとこんな感じだろうな、とか想像はしていたけど、胃が熱くなるような、唾が飲み込みづらいような、子供の頃親にしかられた時のような、何故かそんな気持ちだ。



『…………パパー。』



『……ん?』



『また会える?』



きてしまった。


何度シミュレーションしても、正解の回答が分からない。


真実を言うか。


嘘を言うか。



妻は、再婚するらしい。


つまり、完全なる新しい家族に春陽は迎えられる。


「春が混乱すると思うから」

妻の言葉だ。


続く言葉は「会う回数は少なくしてほしい」だったか。いや「あんまり会わないでほしい」だったか覚えてない。


俺も俺で気遣いからか


「うん、もう会いには来ないよ俺からは。」


と言ってしまった。


『……パパー?』



『……うん、また会えるよ!』


『…やったー!ねえかえったらトーマスみよー!?』


春陽は笑った。


俺はエンジンをかけ、ブレーキに載せた足を緩めた。



これでいいのか?


最後、嘘を言ってお別れでいいのか?



考える間はない。


俺はを使った。




時間は5秒巻き戻る。



『……パパー?』



『…ごめん。』


『えー?』



『もう会えない。』



それに答えることなく、春陽は泣き出した。


どうする?もう一度巻き戻すか?


いや、これでいい。



『春、きいてくれ。春はな、これから───』


『うああああああん』


『これからはな?春──』


『ああああああん!!』


『春!!聞きなさい!!』

俺は思わず大きな声を出してしまった。



『これからはな?春。パパはいないんだ。だからこそ、お前は強くならなきゃいけない。』



俺は今、都合のいいことを言っている。



『………いいか春。もしな?……もしパパが時間を戻せる魔法使いだったとしてもな?……パパは魔法を使わない。……パパはママと結婚して良かった。なんでだと思う?』


俺も気づいたら頬が濡れていた。



『………すんっ…すんっ…………なんで?…』



『お前に会えたからだよ。』




5秒だけ時間を戻す力なんて、なんの役にも立たないと思っていた。


本当の「正解」にたどり着くには数時間や数日戻しても足りない。


だけどそんな力があったら、一時の気の高ぶりで、妻と出会う前の日に戻してしまっていたかもしれない。



だから、よかった。


これでよかった。


本音を言うためなら、5秒でいい。

 


『パパー。あのね?』

走り出した車の後部座席。

春陽は口を開いた。



『…ぼく、おおきくなったらパパにあいにいく。』


5秒のお陰で、一番聞きたかった言葉を聞けた。



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