ソーシャル・ディスタンス

西順

第1話 社会的距離

 地球博物館。


 我々地球人類の生まれ故郷であり、現在はその歴史を保存する為、惑星丸ごと博物館となっている。


 いくら地球生まれじゃないからと言って、地球人類として生を受けたからには、一度は行っておくべき場所として、いまだ地球人類から熱い羨望を受けている惑星である。


 それにしても時間が掛かった。予約を出してから一千年はやはり人気の表れだろう。これで滞在時間24時間なのだから、急いで回らなければ。


 地球に既に人類が居なくなって一億年経つが、人類が構築した数々の建築物が私の目を楽しませてくれ、飛行遊覧でぐるぐる回っているだけで12時間過ぎてしまった。


 これを続けるだけども有意義だし、何なら今から予約を出して、一千年後にまた来たって良い。


 だけど私は一つの島国が気になり、そこに降り立ってみた。


 高い尖塔が二棟、ビル群から突き出たその姿は、懐古趣味の無い私でも興奮する何かが脳から迸るのを感じる。


「ここは?」


『かつて日本と呼ばれていた国の首都、東京のあった場所です』


 私を補助するアンドロイドのジミー君が、銀河ネットワークから介した情報を説明してくれる。


『その人口は一千万人とも言われ、地球で最も栄えた都市の一つに数えられています』


「一千万だって!?」


 驚きで声を荒げてしまった。かつて地球人類が地球と言う一つの惑星から、この天の川銀河の隅々まで進出したのは知っていたが、まさかこんな辺境の島国、その一都市にそんな人数が押し込められて暮らしていたとは。にわかには信じられない事実だ。


「もしかして、このビルや建物一つ一つに人が一人一人暮らしていたのかい?」


『いえ、一つの建物に一人ではなく、一部屋に一家族です』


 頭がクラクラする。そんなバカな事があるか? それじゃあ家族と直接顔を合わせてしまうじゃないか! 我々のご先祖はなんて恥知らずだったんだ!


 私は勿論父にも母にも逢った事がない。父も母も自身が持つ天の川銀河内の太陽系で、勿論他の人と逢わないように暮らしているからだ。


 昔は一つの太陽系に一家族住んでいて、惑星を分けあって暮らしていた。と父から聞いたとき、そんなバカな? と疑って掛かっていたが、それどころではなかった。


 地球人類始まりの惑星。正直舐めていた。


「この頃の地球には、ソーシャルディスタンスって言葉は無かったんだな」


『いいえ、存在しました』


 バカな!?


「それは一体何光年、いや、何光秒だ!?」


『2メートルです』


 おいおい、冗談だろジミー君? 冗談だと言ってくれ。2メートルなんて、今君と私がいるくらいの距離じゃないか?


 ソーシャルディスタンスと言ったら、普通は太陽系一つは離れるものだ。父の時代でさえ惑星一つは離れていたぞ?


 しかしジミー君の目はいつもの真剣な眼差しだ。なんてこった。2メートルなんて、惑星レベルの疫病が流行れば、人類全てが絶滅するんだぞ。


 こんな狭い都市に一千万人、考えただげてゾッとする。人類はとんでもなく窮屈な状況を生き抜いてきたんだなあ。


 私は誰も居なくなり、ただ整備用アンドロイドたちがせっせと都市の整備を続けている街を見下ろしながら、かつての地球人類の困窮に想いを馳せるのだった。

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ソーシャル・ディスタンス 西順 @nisijun624

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