29_右足を振り上げろ
「先生?」
またしても一口には飲み込めない言葉が出てきた。しかも、この上なく怪しい。先生と呼ばれる人物が先生と呼ばれるだけの資質を持ってることは少ない。
「先生って何の先生だ? バンドの先生なんて聞いたことないぞ?」
「その先生に米仲はギターを教えてもらったの?」
斉藤に次いで田中が尋ねる。
「コツとか音楽との向き合い方を教えてもらった。すげー勉強になったぜ。俺だけじゃあそこまで弾けるようにならなかったな」
米仲のギター上達の裏には先生なる立役者が居たのか。
独学で取り組んでいたと想像していたので、ちょぴっと残念。
他方、その先生に教われば僕も上達できるかも、という希望も見えた。
「米仲、それって明日から行っても平気なんか?」
「明日は駄目だな。教室の営業日だ」
「じゃあいつならいいんだい?」
鈴木がスマホを操作しながら聞いた。某掲示板を覗いているのではなく、スケジュール機能を開いているんだろう。
「一番早くて一週間後だな。当日は
「僕は問題ないけど。みんなは?」
「バイトも講義もねーな」
「フリーだね」
「暇」
愚問だった。モラトリアム万歳。
「よしっ。一週間後は全員楽器持って来いよ。ドラムはしょーがねーけど」
「マイクは?」
「マイクは、一応頼むぜ」
「了解」
「先生のとこ行くのは来週として、次の練習はいつにするんや?」
「明後日にまたこのスタジオでとかはどうだ?」
異議の声は出なかった。
質疑応答も一段落し、面々は段々と手持無沙汰になっていった。
やるなら今しかない。
僕は長年の計画を実行に移す。米仲の名案に負けず劣らずの秘策をここに解放する。
「今日はもうお開きでええか」
斎藤、ナイスパスだ。
「あー、お開きならさ、その前にさ、みんなでさ」
利き足の右足を振り上げ
おろす!
「ラーメンでも食べて帰らない?」
ボールはゴール目がけて低い弾道で駆けていく。
枠には入った。最後はゴールキーパー次第。
頼む皆。僕に力を分けてくれ――――。
「それいいな。歌って腹も空いてるし」
ボールは――――
「やっぱ練習終わりはラーメンだよね」
キーパーの――――
「餃子頼んでええか?」
指先を――――
「ギター背負ってラーメン。ロックだぜ」
ずっと憧れてたんだよバンドメンバーと楽器背負ってラーメン屋入るの! そういう現場に何回も出くわしてその度に羨望で割り箸へし折ってたけど、今日でもう卒業だ! 今日からは! 僕も! 割り箸を折られる側だあああああ!
「悟、ラーメン屋のあてはあるのか?」
勿論だとも米仲。昨日講義中にバッチリ調査済みだ。
駅までの道には三店ラーメン屋がある。その中で一番評判が良かったのは
「じゃあ、案内するから行こう!」
「勿論、悟のおごりな!」
そういう斎藤君がおごってよー
これからラーメンを食べるというのに、もう満たされている。
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