第20話 変態後輩と捻挫 上
「んじゃ、学校に行ってくる。ちゃんと病院に行って今日は安静にしてるんだぞ」
奏多が挫いた足はやっぱり一晩では完治しなかった。
一応冷やしたり、湿布を貼ったり、包帯を巻いたりと応急処置はしたけど……どうにも歩くのは厳しいらしい。
捻挫って挫いた日よりも次の日の方が痛くなってる場合があるからな。
ある意味、骨折よりも厄介なのが捻挫だ。癖になるかもしれないし。
本当なら俺が病院まで奏多に付き添うのが普通なんだけど、奏多は頑なにそれを拒んで、先輩は学校に行ってくださいと言った。
「分かってますよぉ。病院にはちゃんとタクシーで行きますから。あ、せんぱいこれをどうぞ!」
「紙袋? 中身は何だ?」
「わたしの下着の上下セットです! 今日はそれを1日わたしだと思ってください!」
中身を聞いた瞬間、俺は無言で床に叩き付けた。
「ああ!? なんてことを! 何が気に入らなかったんですか!? 色!? デザイン!?」
「紙袋開けてねえのに中のデザインだの色だのが分かるか! これを肌身離さず俺が持ってたらそれこそ変態だろうが! もし抜き打ちで持ち物検査とかあったらどうしてくれる!?」
「その時は胸を張って、わたしがせんぱいの許嫁だということを公にアピールします!」
「お前の話じゃねえ! 俺の話だ!」
……全く、ケガのことはほんのちょっとだけ心配したが、ちょっとぐらいはそれで大人しくなって欲しかったわ。
「はぁ、とりあえず行ってくるな。無理すんなよ? 何かあったら連絡しろ」
「お……おぉ! いつになくせんぱいが優しい……じゃあ、せんぱい! いってらっしゃいのキスを!」
「よし、分かった。目を閉じろ」
「えっ!? マジですか!? んー……!」
奏多が器用に片足で背伸びをして、目を閉じて口を窄めた瞬間、俺は無言で家から出た。
バカみたいな言動に一々付き合ってたら永遠に学校に行けないからな。
「せんぱいのばかーっ!!」
……そんな罵倒が聞こえたような気がした。
◇◇◇
「へえ、それで奏多さんは今日病院に行く為に学校を休んだんだね」
「ああ。あいつ昨日足挫いたの周りに隠して余計悪化させやがって……」
普通捻挫したら足を付くのも痛い。
その状態で走り続けたら、そりゃ帰る頃には酷くなるっての。
「連れて行ってあげなかったんだね」
「誰がそこまで面倒見るかって言いたいとこだけど、連れて行くって言ったら断られたんだよ。先輩にこれ以上迷惑はかけられないってな」
そんなもんパンツを鞄の中に入れられてたりだとか、全裸でベッドに潜り込まれたりしてるんだぞ? 今更病院に連れて行く程度で迷惑だとか思ったりするかよ。
「んー、まあ……奏多さんならそう言うだろうね」
「どういうことだ?」
「あの子は多分、努力してる姿とか自分が苦しんでる姿を大地に見せたくないんだよ。それこそ、好きな人に心配をかけたくないってね。だからケガのことも隠そうとしたんじゃないかな?」
その割には、昨日応援には来てくれって言ってたけど……それとこれとは話が違うのか?
「そうだね……分かりやすく言うと、女性が自分のすっぴんを見られるのに抵抗があるって感じかな? メイクしてるとこもあまり見られたくないんじゃないかな?」
「あー。なるほどな……流石ヘタレでもイケメンだな。ムカつく」
翔也の考えには納得できるものがあった。
だからってケガまで隠そうとしたのはマイナスだけど。
「幸いにも明日は休みだし、大地も介抱に集中出来るね」
「まるで俺が今日あいつのことをずっと心配して集中出来てないみたいな言い方はやめろ」
あいつがいてもいなくても、俺のやることは変わらない。
「ところで、今日咲良先輩は?」
「真穂ちゃん今から体育なんだって……手作りのお弁当を食べられなくて残念だよ……あ、昨日の写真見るかい? ほらっ」
断ろうとしたのにこっちの返事を聞く前にスマホを取り出して渡してきやがった……。
そうされたら受け取って見るしかないだろ。
「……おお、美味そうじゃん」
「実際とても美味しかったよ。それこそこの世の食べ物なのかを疑ってしまうぐらいには!」
「彼女補正に幼女の付加価値が付いたらそこまでいくのか……」
その後も、先輩の手が小さいからおにぎりも小さくて可愛いとか、先輩が好きな物を食べてて口いっぱいに頬張ってる時に写真を撮ろうとして、慌てて手でカメラを遮ろうとしてる写真が可愛いだとか、たっぷりと惚気を聞かされた。
はいはい、幸せそうで何よりですよ……爆発しろ。
◇◇◇
「ただいまー……奏多?」
返事が無い? いつもは俺が帰ってきたら犬のようにすっ飛んでくるあの奏多が返事すらしない?
……靴はある、な。
「おい、入るぞ?」
ひとまず、鞄をリビングのソファに放ってから奏多の部屋の前に。
入ると声をかけても数秒返事がなかったので、そっとドアを開けた。
「……いない? ってことは……」
次に向かったのは俺の部屋。
自分の部屋だから無言でドアを開けると……そこには――。
「……すぅ……すぅ……」
――俺のベッドで幸せそうに丸まって眠っている奏多の姿があった。
「はぁ……寝かせといてやるか。起こすのも悪いし」
多分、病院で診察を受けたあと、やることがなくて俺の部屋で眠りに落ちたんだな。
あまりにも幸せそうな寝顔をしてるものだから、起こそうという考えは一切浮かんでこなかった。
自分の部屋で寝ろ、なんて文句は起きたあとにでも言えばいいか。
ひとまず、外に出ても問題の無い部屋着に着替えた俺は、晩飯の買い出しをしに再び外に出たのだった。
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