許嫁未満の後輩との同棲生活。ただしその後輩は変態です。

戸来 空朝

第1話 変態後輩と俺の始まり

「……………………またか」


 どうしてこいつは、また……! 


 俺、雨宮大地あまみやだいちはすっかり日常と化してしまったこの非日常に寝起きだというのに全く爽やかさを感じない。頭痛をこらえながら、隣を見やると、そこにはもう俺以外にもう1人分が入っていそうなほど膨らんだ布団がある。


 ……悲しいことに俺には彼女もいないし、高校2年生で未成年の俺は飲酒なんて出来ないし、ラブなホテルで朝チュンという可能性も潰えた今、ここは完璧に俺の部屋で間違いない。


「……んんっ。せんぱいっ……そこは……」

「はあ……」


 隣で艶めかしい寝言を漏らしながら布団を被って幸せそうに眠りこけている女……奏多司かなたつかさは俺の学校の後輩だ。……そんでもって。


 ――言いたくはないけど、こいつと俺は許嫁の関係だ。

 

 こいつが勝手に言ってるだけで、俺としては不本意極まりないけど、俺たちはそういう契約の元、同棲という形で同じマンションの同じ部屋に一緒に住んでしまっている状態。


 この奇妙な同棲生活とこいつとの関係の始まりはおよそ2週間前。


◇◇◇


「父さん転勤することになったから、お前はここに残れ。雫と母さんは連れて行く。以上」

「――はあ?」


 実の父親から急に転勤を告げられ、あまつさえ俺に着いてくるかどうかも聞かずに残れ、と言われれば誰だってこういう反応になるだろう。


「いや……転勤ってどこにだよ?」

「大阪だ。母さんと雫には既に伝えてある。何も問題は無い。既に引っ越しの準備は手配してあるしな」

「問題しかねえだろ。俺が聞いてねえんだよ」


 まあ、俺はこの家に残るんだから荷造りの必要も無いし……問題無いって言えば無いのか? でも長男に伝えるのが1番最後って言うのが納得いかん。妹には伝えているというのに。


「お前がいてもいなくても別に俺は寂しくないからな。母さんと雫はダメだ。いないと俺が寂しさで死ぬ」

「大の大人が息子の前で気持ち悪いこと言うのやめてくんない!?」


 あんた俺より一回りは年上だろうが! いい歳こいて嫁と娘がいないと寂しいとか言うなよ!


「親に向かって気持ち悪いとは何事だ。親の顔が見てみたいもんだな」

「自分が何言ってんのか分かってます!? 鏡持ってきてやろうか!?」


 ダメだ、この人とまともに会話をしようとすると俺のHPがゴリゴリ削られていく! こんなことに時間を割くよりも、これからの1人暮らしをどうするかを考えた方が絶対有意義に決まってる!

 幸いなことに住む場所は確保出来てるんだ、それさえしっかりしてれば他はどうとでもなる。


「ちなみにこの家はもう売るからな。お前も寮に転入届を出しておけよ」

「はあ!?」


 確かに俺の通う学校には寮はあるけど! 今は4月で入学の時期、つまりは寮に空き部屋があるかどうかも難しい時期だ! 


「いやいや! 絶対部屋取れないって! この時期ただでさえ高校入学の時期で混雑するのに!」

「全く、お前はどうしてそう行動が遅いんだ? 夏休みの宿題なんかもギリギリになって手を付けるタイプだろ」

「確かにそうだけど今はそれ関係ねえよな!? 大体転勤の話だって今初めて聞いたんだよ!」

「とにかく、生活費はちゃんと仕送りしてやるから、寮に入れないのなら住む場所を確保することだな」

「あっ、おい! 親父!」


 ……クソ親父が!!!


 そんなこんなで、俺は高校2年生に進級して間もなく住む場所を失うという大事件に見舞われてしまったわけで……当然、時期が時期で寮に空き部屋も無く、詰んだ。


 やばい……アパート探して、それから……生活費の仕送りがあるとはいえ、やっぱりバイトしないとキツいだろうし……ああクソ! あのクソ親父が! クソ!


「――せんぱい、どうかされたんですか?」

「……え?」


 やり場のない怒りを抑え、ブランコに揺られて俯いていると、隣から声を掛けられて顔を上げた。

 

 こいつは……。

 そうだ、うちの学校の連中が噂してた。入学したばかりの1年の中にとんでもなくレベルの高い可愛い子がいるって。

 名前は確か……奏多司だったか。遠目からしか見たことなかったけど、なるほど。


 大きなくりんとした目に、スッと通った鼻筋。首筋が隠れる程の亜麻色のふんわりとした髪。言われてみれば確かに美少女と騒がれても仕方がないような容姿の少女がブランコに座る俺を心配そうに見つめていた。


「いや、初対面の相手に話すようなことは……待て。お前俺のこと知ってんの?」


 今の俺の恰好は私服で、制服じゃない。

 それなのに、今、こいつは俺のことを先輩と呼んだよな?


「はいっ! 2年の雨宮大地さんですよねっ?」


 見る者全てを魅了するような華やかな笑顔を咲かせた奏多は大きな返事をしながら頷いた。

 俺の容姿は平々凡々で、下級生にイケメンと騒がれるレベルじゃない。どこにでもいるような普通の高校生。言わば、クラスメイトAかBってところ。

 片や高校入学から上級生男子の目に留まり、噂になるくらいのS級少女、言わば物語で言うところのヒロイン枠。


 ……ふむ、分からん。

 分からんけど、今の俺は誰でもいいから話を聞いて欲しい精神状態だった。


「実は――」


 悩んでいることを語り始めると、奏多は時折適度なリアクションや相槌を入れて、俺の話を聞いてくれた。

 なんだこいつ可愛い上に聞き上手とか最強か? 俺じゃなかったら惚れてる。


「大変なんですね……」

「大変なんだよ……」


 全てを話し終えると、奏多は何かを考えるように、華奢な人差し指を顎に当てていた。その仕草、美少女にしか許されないぞ。ってかあざとい。


「――だったら、うちに住みますか?」

「――は?」


 何を言われたのか分からず、聞き返してしまった。

 間の抜けた返事をする俺に、奏多は笑みをより一層深め……。


「せんぱい、うちに住みませんか?」

「……は!?」


 雨宮大地、16歳。高校2年生。彼女……無し。 

 住む場所を失いそうになって、たまたま出会った後輩に相談したら、同棲を持ち掛けられました。


「いやダメだろ!? 普通に考えてさ!」

「どうしてですか? わたしは1人暮らしですし……家主が大丈夫だって言ってる以上、何も問題は無いように思えますけど……」

「倫理的にアウトだ! 俺と奏多は男と女! オーケー? それに付き合ってもない男女が高校の内から同棲なんて……!」

「なら余計に大丈夫ですね!」

「何が!?」


 今の話の中のどこに大丈夫と思える要素が!? 


「だってわたし、せんぱいのこと好きですから!」

「……What?」

「せんぱい、好きです。わたしと同棲してください」


 雨宮大地、16歳。高校2年生。彼女……無し。 

 住む場所を失いそうになって、たまたま出会った後輩に相談したら、同棲を持ち掛けられた上に告白されました。←NEW!! 


 ……いやNEWじゃねえよ。

 予想外過ぎて思わず新たに追加された経歴を数えている場合じゃねえだろ。

 冷静に、慎重に相手の狙いを見定めろ。


「何が目的だ?」

「目的なんてそんな! ただ1つ条件を出させてもらっていいですか?」


 早速きたか……一体どんな条件を突きつけられるんだ?


「――わたしをせんぱいの許嫁にしてください!」

「………………………………ん?」


 いいなずけ? それって漬物の一種だっけ? 同棲をする代わりに漬物を差し出せばいいのか? 随分と変わった交換条件だな。……って!?


「はあああ!?」

 

 待て待て! 落ち着け! こんな時だからこそ、状況を落ち着いて整理しろ!

 えー。学校で入学早々噂になってる美少女と公園で会って……?

 それから相談を持ち掛けたら同棲を提案されて?

 目的を聞いたら条件は俺が奏多を許嫁にすることで?


 ……結論、余計に意味が分からない!


「……返事、もらってもいいですか?」

「……悪い、やっぱ同棲は無理だ。好きだって言ってもらえて嬉しいんだけど……俺は、その、自分が好きになった相手と付き合いたいって言うか……告白されたから付き合うっていうのがなんか嫌だから。ましてや許嫁なんて……」

 

 例え、これで一生童貞が確定したとしても、これは俺の譲れない数少ないポリシーだ。これでいいんだ。

 俺の返答にパチリと1つ瞬きをした奏多は、何故かさっきよりも笑みを深めて俺を見る。え? 振ったのに喜んでんの? マ?


「いいですね! やっぱりせんぱいはわたしの思った通りの人でした! 益々好きになっちゃいました!」

「振った俺が言うのもなんだけど、どんなメンタルしてんだお前……」


 こいつ、実はやばい奴なんじゃ……? 少なくとも、普通じゃない。


 頬を押さえてうっとりし始めた後輩の姿に、背中を冷や汗が一筋流れたのを感じた俺は、後退り、逃げられるように準備を開始する。


「だったら、この同棲中にせんぱいがわたしのことを好きになったら、わたしを許嫁にしてください! それでいいです!」


 普通はこんな条件絶対に断るに決まってるけど……条件の怪しさを抜きにして、今の俺には住める場所が提供されるっていうのは正直かなり助かる……。

 なんせクソ親父の転勤はもう1週間後に迫ってるし、そもそも春休み中に転勤の事を伝えられてたとしても、結果としては寮の部屋は空いてなかっただろうし……。

 ……腹を括るしかないのか。


「分かった。その話に乗らせてもらう。今は藁にもすがりたいからな」

「ほんとうですかっ!?」

「けど、本当にその条件でいいのか? それだと俺に有利なばかりでそっちはあまり得がないだろ」


 条件は飲んだけど、やっぱりこれじゃ平等じゃなくないか? 

 

 俺のその言葉に、奏多は不敵な笑みとでも言えばいいのか、さっきまでの華やぐような笑顔とは全く違う顔をしていた。


「――大丈夫です。絶対にせんぱいを惚れさせてみせますから!」


 その宣言を皮切りに俺と奏多司の奇妙な同棲生活は始まった。


◇◇◇


 とまあ、こんな感じであれよあれよと事は進み、俺は奏多が1人で暮らしているという家族向けの3LDKのマンションに引っ越してきて、今に至るというわけだ。

 ちなみに、この同棲生活には一応、期限がある。


 ……1年。その間に俺が奏多に惚れたらこいつを許嫁にしないといけない。

 2週間前なら、もし惚れたら許嫁にするぐらいいいか、と思っていた俺だったが、こいつと暮らし始めて考えがガラリと変わり、それだけは絶対に避けたいとまで思うようになっていた。


「……とりあえず、よいしょっと」


 俺の朝は、大体ベッドに潜り込んでくる後輩を蹴り落とすことから始まる。


「んぐっ……せぇんぱぁい……酷いですよぉ……」


 同じ部屋に住んでいると言っても、流石にそれぞれ個室が違う。

 それなのにこいつは毎朝毎朝俺のベッドに入ってくる。


「うるさい、俺の部屋から今すぐ出ていけ」

「えー? いいじゃないですかあ。ほらほら、可愛い後輩と添い寝出来るなんて役得ですよー?」


 蹴った衝撃で布団は捲れ、中からは寝癖であちこちが髪が跳ねた後輩が出てきた。

 とろんとした目で立ち上がり、そのせいで布団が完全に体からずり落ちて――


 ――服どころか染みすらない綺麗な体が露わになった。


「だからなんでてめえは毎朝裸で俺の布団に入り込んでくるんだよ!?」


 そう、俺がこいつと許嫁になりたくない理由として……この奏多司という後輩は……学校では美少女で通っているものの、その実際の姿は、ただの変態だった。

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