第二章 森の病魔 その2

「これは小鬼ゴブリンですね」

 血相を変えて走ってきたミラの報告を受けて、村外れの空き地に急行したテリオスは、地面に残った足跡を見て、すぐに正体をさとった。

「ミラさんも聞いた事くらいはあるでしょう? 子供くらいの背丈で、緑色の肌をした魔物です」

「はい、お話にもよく出てきますから」

 テリオスの説明にミラも頷き返す。ドラゴンと並んで有名な魔物だけに、田舎いなかの村娘でも知らない方がまれだろう。

「しかし、足跡を知らなかったとなると、ゴブリンがこの村に現れたのは初めてですか?」

「はい。少なくとも私は初めて見ました」

「なるほど」

 ミラの年齢を考えると、最低でも八年くらいは現れた事がなかったのだろう。

(しかし、ゴブリンですか……)

 テリオスはあごに手を当てて考え込む。

 魔物は人間を襲う恐ろしい存在である。ただ、ゴブリン等の人型は動物よりも高い知能を持っているため、滅多な事では人里を襲ったりしない。

 まだ人類がぜいじやくで魔物のエサにすぎなかった二千年以上も前ならともかく、巨大な国家を築くほど強くなった今となっては、人里に手を出せばほうふくを受けて、自分達の方が皆殺しにされると分かっているのだ。

 だから、森の奥深くやどうくつといった魔物の領域に、自ら足をれでもしない限り、遭遇する事は滅多にない。

(それが急に現れたとは不可解ですね)

 りよくびように汚染されて国から見捨てられたこのクリオ村ならば、襲ったところで報復を受ける恐れはない。

 ただ、そんな人間側の複雑な事情など、ゴブリン側に分かるはずもなかった。

(足跡の数からして、一体か二体しか来ていないのも気になりますね)

 ゴブリンは弱い。戦闘訓練を受けていない大人でも、一対一ならば十分に勝てる。

 それを重々承知しているため、常に集団で行動し、数の暴力でふくろだたきにしてくるのがゴブリンのやつかいな所であった。

(だというのに、ごく少数で行動して、村の様子を窺っただけで帰ったようなのは……)

 相手の戦力をていさつしてから襲う程度の知能があっても、ゴブリンならば不思議でもないが、どうにも引っかかりを覚えて仕方がない。

 そんな事を考え込み、テリオスがだまんでいたからだろう。ミラが不安そうに彼のローブを引っ張ってきた。

「先生……」

「あぁ、心配させて申し訳ありません。大丈夫ですよ、すぐに対処しますから」

 テリオスはそう言って、ミラの頭をでて安心させると、一度村へと戻り、村長宅に子供達を集めて事情を説明した。

「村の外れにゴブリンの足跡が見つかりました。私が森へ入ってじよしてくるので、皆さんはそれまで家の中で待っていてください」

「えっ!?」

「大丈夫ですよ。ゴブリンの百体や千体くらい、半日とかからず駆除できますから」

「…………」

 自信満々に胸を張るテリオスの前で、子供達が青ざめた顔で言葉を失ったのは、魔物を恐れているからだと思いたかった。

(そうね、骸骨オヤジという魔物を恐れているわね)

(いいえ、しやべる化け猫を恐れたのでしょう)

 ねんでツッコミを入れてきた黒猫に言い返してから、テリオスは説明を続けた。

「皆さんの事はボーンゴーレム達が守ってくれますから、私が留守の間も心配ありませんよ」

 そう言って、窓の外でズラリと整列した、農具を構えた骸骨達を指さすと、子供達はまだ少しおびえながらもあんの息を吐いた。

「パパやママが私達を守ってくれるんだ……」

(あれはご両親じゃありません、って訂正しないの?)

(私もそこまでじゃありませんよ)

 涙ぐむ子供を見て、台無しな念話を送ってくる黒猫を、テリオスは軽くにらみつける。

 そんな彼に対して、トリオがしんそうな声を上げた。

「本当に大丈夫なのか? 死んだ皆の悪口みたいで嫌だけど、あんまり強そうには見えないぞ」

「う~ん、確かに強くはありませんね」

 しても意味がないので、テリオスは正直に認めた。

 そもそも、土や石を使って一から作り上げる通常のゴーレムと違って、ボーンゴーレムは利用した死者の骨によって能力が大きく上下する。

 それはゴーレムを動かすのに、骨にきざまれた生前の記憶を利用しているからだった。

 たましいが失われて人格が死んでも、生前に行った『歩く』『手を上げる』といった行動の数々は、ざんとして骨に刻まれている。

 それを利用する事で、一から教え込まずとも人間らしい動作をさせられるのが、ボーンゴーレムの利点であった。

 その反面、生前の記憶にない行動は苦手なのが玉にきずである。

(農民の骨を使ったので畑仕事は得意なのですが、戦闘は苦手なのですよね)

 宮廷舞踏を踊らせた時のように、テリオスが直接イメージを送って操作すれば、歴戦のもかくやという動きをさせられるが、それでは意味がない。

(かといって、騎士の骨などを使うと、戦闘は得意でも畑仕事ができませんし……)

 それでは平和のためにボーンゴーレムを労働力にするという、本来の目的かられてしまう。

 一長一短でままならないと、テリオスは内心でためいききつつも、トリオの問いに答えた。

「まぁ、ゴブリン自体がさして強くありませんから、四十体程度の群れまでは大丈夫でしょう。危なく感じたら前に渡した札をやぶいて私を呼んでください」

「ならいいけど……」

 説明を聞いたトリオは、しぶしぶといった様子ながら引き下がった。

 テリオスやボーンゴーレムに不満があるというよりも、守られるだけの自分に腹が立っているのだろう。

(男の子ですね)

 テリオスは微笑みつつ他の子供達も窺うが、皆納得した様子だったので席を立った。

「ではミラさん、行きましょうか」

「はい! ……はい?」

 反射的に頷いてから、ミラは困惑して首を傾げる。

 そして彼女が何か言う前に、トリオが怒鳴り声を上げた。

「待てよ、ミラを連れて行くのかっ!?」

「はい。魔術を学んだ今のミラさんなら、ゴブリンの一体や二体は十分に倒せますから、良い実戦訓練になると思いまして」

「そういう問題じゃねえだろっ!」

 顔を真っ赤にするトリオを、テリオスは冷静になだめる。

「落ち着いてください。私がしっかり防御魔術をかけますから、ミラさんには毛ほどのも負わせないと約束しますよ」

 骸骨だけに毛がないと、ツルツルの頭を撫でて場をなごませようとする。

 しかし、それはトリオの怒りをあおるだけに終わった。

「くだらねえ事を言ってんじゃねえ。怪我をしなくたって、ミラを戦わせるなんて駄目に決まってんだろっ!」

「いや、戦闘の経験を積んでおいた方が、のちのちのために良いじゃありませんか」

 トリオがここまで怒るとは思わず、テリオスは困惑しながらも説明する。

「私は皆さんを守りたいと思っていますが、常に監視しているわけにもいきませんし、有事の際に手が届かない可能性もないとは言い切れません。だからこそ、自衛の力は身に付けておいてそんはありません」

 現在、戦う力を持っているのはミラだけなので、今回連れて行くのは彼女だけだが、成長して戦えるだけの肉体を得たなら、トリオなど他の子供達にも経験を積ませただろう。

「でも、ミラは女の子で──」

「女性だからこそ、自衛の力は重要ですよ。最悪、殺されて終わるだけの男性と違って、女性は死んだ方がマシな目にう危険性がありますからね」

 テリオスはトリオの言葉をさえぎり、幼い子供達にはいりよした遠回しな言い方ながらも、ざんこくな現実を突きつける。

「くっ……」

 立て続けの正論に言い返せなくなったのか、トリオはくやしそうに歯ぎしりしながら口をつぐむ。

「大人げないわね」

「子供に現実を教えるのも大人の役目です」

 ニヤニヤと笑う黒猫に、テリオスは平然と言い返してから、口をはさめず戸惑っていたミラに頭を下げた。

「ミラさん、貴方あなたの意思確認をおこたっていたのは私の落ち度でした、申し訳ありません」

「そんな、先生が謝る事じゃ……」

「では、改めておうかがいします。ゴブリンの退治に同行して頂けませんか?」

「私は……」

 決定権を与えられたミラは、困惑した様子でトリオ達の顔を窺う。

 彼らは何も言わなかったが、その表情はめた方がいいと告げていた。

 しかし、自分を心配してくれる皆の存在こそが、彼女の背中を押したのだろう。

 ミラは恐怖をむようにのどを上下させてから、静かにテリオスの顔を見上げてきた。

「強くなれますか?」

「はい」

「なら、行きます」

「ミラッ!?」

 悲痛な叫びを上げるトリオに、ミラは「ごめんね」と謝りながらもテリオスの手を取った。

(口八丁で童貞坊やの想い人を奪うとか、これだから変態骸骨は嫌ね)

(そんなに私を変態扱いしたいのですか?)

 黒猫の悪口に対する、テリオスの返しはキレが悪い。

 不死者には情欲などないし、トリオの恋路を邪魔するつもりもないのだが、自分のために彼からミラを取ったのは間違いなく事実だからだ。

(これも平和な世界を築くため)

 頭が良く魔術の才能まである、将来有望な人材を腐らせるのはしい。

 テリオスは心の中でトリオに謝罪しつつ、ミラと共にゴブリン退治に向かうのだった。

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